河北新報より転載
<福島県知事選ルポ>仮設暮らし4度目の冬、先は見えず
河北新報 10月18日(土)12時48分配信
東日本大震災と福島第1原発事故後、初めてとなる福島県知事選は26日の投票まで1週間となった。候補者たちは選挙カーを走らせ、足早に有権者の元を通り過ぎる。「仮設住宅」「介護」「中小企業」「原発・除染作業員」-。それぞれの日常は候補者に届いているだろうか。「フクシマの現場」に記者が密着した。
<亡き夫が愚痴>
木が裂けると、どんな音がするのだろう。狭い寝床でぼんやり考えた。しまい忘れた風鈴の音が次第に遠ざかる。
福島第1原発事故で、約6700人が全村避難している福島県飯舘村から車で約40分。91世帯147人の村民が暮らす伊達東仮設住宅(伊達市伏黒)の菅野節子さん(70)宅に14日、1泊した。
4畳半二間のうち、こたつを置いた部屋に通された。真っ先に視界に飛び込んできたのは、壁の至る所に入る亀裂だ。最長約1メートル40センチもある。
「乾燥が不十分な木を使ったのでは」。入居した2011年8月以降、部屋全体に響き渡る音で何度も目を覚ました。
仮設全体に東北産のスギが使われ、プレハブ仮設より断熱性に優れる。1世帯ずつ建てられ、プライバシーも保たれている、ように見える。
ただ、入居3カ月後に病死した夫の俊一さん=当時(71)=は「こんなやかましい所にいられない」と繰り返しこぼしていたという。
飯舘村の自宅は建坪150坪で7部屋ある。自宅物置の半分程度の広さに夫婦で閉じ込められ、先が見えない避難生活…。俊一さんは仮設暮らしになじむことなく逝った。
夫婦で村特産の葉タバコを栽培していた。品質が自慢で、日本たばこ産業から7回表彰された。節子さんが、飯舘産の葉がブレンドされていたという国産たばこに火を付ける。
窓から吹き込む風に煙が揺れる。「女性のたばこは見た目が悪い」。俊一さんに注意されたが、6年前から隠れて吸ってきた。今は自由に吸える。でも、夫の小言は頭から離れない。
<ゆとりくれた>
夕食は自家製のぬか漬け、キュウリとワカメの酢の物、赤大根の酢漬け、スーパーで買ったチキンナゲットとポテトサラダ。
会話は、夫婦の物語から近所の話題に移った。6月、斜め向かいに住む60代の男性が孤独死した。慌ててメモを取る。
男性はいつも酔っていた。最後に会った時、「寿命が縮むよ」と忠告すると、吐き捨てるように言った。「俺は、早く人間を辞めたいんだ」
男性はいすに座った状態で見つかった。死後、少なくとも2日が経過していた。「男の独り者には声を掛けづらかった」と節子さんは悔やむ。
仮設暮らしは丸3年を過ぎた。座ったまま何にでも手が届く生活が、妙に体になじんできた。避難生活で体重が5キロ増えたが、午前3時半起きの葉タバコ収穫という重労働からは解放された。
「農家を続けていたら、間違いなく体を壊していた」。節子さんは「神様が老後のゆとりをくれたのかも」と、自分に言い聞かせている。
避難指示が解除されるのは早くて16年3月の見通しだ。近づく4度目の冬。5度目の冬も、節子さんは仮設で迎えることだろう。
仮設の内と外で吹く「すきま風」が気になる。
<記者の一言/幸せの意味考える>
日常を突然、奪われた節子さんの仮設暮らしは3年3カ月に及ぶ。「狭くて大変だろうな」。私の先入観は良い意味で裏切られ、節子さんは「ある意味で幸せ」と話す。「ある意味」-。その意味を今も考えている。(福島総局・横山浩之)
河北新報社
最終更新:10月18日(土)12時48分