ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

賢く老いるフクロウ

2022-04-30 | アメリカ事情 人間性

grandmasnurseryrhymes.com

 

 

 

 

政治的利益のために人種差別を誤って操作することは、人種差別がもはや存在しないと一部の人々に信じさせるには良い方法かもしれない。 それはちょうど真心からと、せっせと千羽も一万羽も折り鶴を作りつなげて被災地や遠くの戦地へ送ることに似ている。 実際にはせっかくの「真心」こもった折り鶴は受け取り拒否でどこかに処分にも困って放置されていると聞く。 

少なくとも千羽鶴には政治的利益はあり得ないが、食料や生活用品やもしかしたら武器を最も必要とする人々にはなんの利益も救いももたらさない。 むしろそれを折る時間を祈りに使い、紙資源ももっと有効に使われるべきかもしれない。

人生の2/3以上を帰化アメリカ市民としてアメリカに住み、この国の人種関連で思うのは、保守や特にリベラルは、人種差別は最低限実際には問題ではないという仮定で現代を生きている風潮があることだ。

確かに奴隷制、リンチ、白人専用のバスルームはもうないし、公共の乗り物もホテルもレストランも肌の色で分けている所はなく、そんなことは違法だ。 だからヴィクター・H.グリーンの「黒人ドライバーのためのグリーン・ブック」ガイドブックは使用する必要がないし、第一1966年を最後にもう発行もされてはいない。 ほぼ全てのまともな人間は、肌の色に関係なく、人々を平等に扱うことを望み、志しているように見える。  それはそれで決して悪いことではなく、人々の意識の向上であるのかもしれない。

だが、気になる点がある。 それは人種差別に対する適切で前向きとされるアプローチは、色覚異常つまり色盲であれという点だ。 たとえば就学する子供たちに「自分とは違う人種のお友達の肌の色は気にしないで。 色の区別がつかないようにふるまいなさい。」と諭したり、大人でも「私は人間に関しては全くの色覚異常です」などというのだ。 

それはそれで逆に白人種以外の人種を否定する役割さえ透けてみえそうだ。 何故なら潜在意識の人種差別、犯罪統計に基づく人々のプロファイリングには誰も人種に対して色覚異常ではないことがわかるからである。 

ただし、人種の違いが親しい知人・友人間ならば当人達にはそう問題にはならないことが多い。 むしろ人種が違う友人・知人には気軽に祖先はどちらから、とか、その人種に特有の料理や習慣などを純粋な興味を持って話したりするものだ。

ここで人種への似非色覚異常を掘り下げるつもりはないが、そうした概念を持つ人は存在するし、しかしだからと言って、その概念を持つ人々が悪であるとは思わない。 そう、この世ではみな学びの徒であり、人種にかかわらず他人を理解し、奉仕する努力をしたいものだからだ。 

真から「黒人差別を無くしたいのならば、その話をしないことだ」、とモーガン・フリーマンは機会があるたびに強く述べる。 ご存知モーガン・フリーマンは、燻銀のような名役者である。 彼は、黒人大統領を演じた時、黒人の大統領を演じましたが、と聞かれ、「いいえ、私は黒人ですから、大統領を演じたまでです。」と返したことは有名である。 

アメリカでは2月1日から3月1日は、リンカーン大統領とフレデリック・ダグラスの誕生日があることから、黒人歴史月間とすることを1926年黒人の歴史家カーター・G・ウッドソンが提唱し始め、全米で知られるようになったのは、1976年合衆国政府が制定してからだ。 その際共和党のジェラルド・フォード大統領は、国民に「我々の歴史のあらゆる側面において、あまりにも軽視されてきた黒人アメリカ人の業績を見直す機会を捉えるようにしよう」と話した。 

この黒人歴史月間に対してもフリーマンは「おかしなことに世界中どこにも『白人の日』や『ユダヤ人歴史月間』はありません。」と述べ、公式に黒人歴史月間のどのようなイベントにも参加しない。 フリーマンは持論の「人種差別をなくすには、その話をしないこと」を文字通り実践している。 

子供のナーサリーライム、童歌に、Wise Old Owl, 賢い老ふくろう、というのがあり、モーガン・フリーマンの知恵や洞察はその詩が実によく合う。

A wise old owl lived in an oak;

The more he lived, the less he spoke;

The less he spoke, the more he heard.

Now wasn't he a wise old bird?

賢い古いフクロウはカシの森に住んでいた。
生きれば生きるほど、彼は話すことが少なくなった。
話すことが少なければ少ないほど、彼はより多くのことを聞いた。
さて彼は賢い老いた鳥ではなかったろうか?

 

愚か者は真実を知り、真実を見て、それでも嘘を信じる

             ーモーガン・フリーマン

 

 

 

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やっちゃった子

2022-04-28 | ユーモア

gohonbooks.com

 

 

 

 


私の「なんでも取っておくノート」は, 小さな切り抜き記事コレクションと言っても良く、そのひとつ、もう9年も前に書かれた小さな話がある。 それを再び読み、そうだ、私の孫にも一人こんな子供がいると思い、その記事中の哀れなご両親に少々同情を禁じ得なかった。 この話の作者は不明なのだが、さもありなん、ということでここに書いてみよう。

「愛情豊かな夫婦には、8歳と10歳の2人のまだまだ子供な息子がいて、その子たちは幼いがかなり腕白で何かしら問題を引き起こす子供たちだった。

その息子たちの躾や教育方針に関して、親としてのアイデアが足りなくなり、この哀れな両親は教会に目を向けることにした。

その夫婦は町の聖職者が過去に腕白な子供たちを懲らしめることに成功したと耳にしたので、早速その聖職者に電話をしたところ、二人の息子たちの腕白を正しい方向に導くことに同意してくれた。 その牧師は両親に兄と弟を個別に会えるようにしたいと頼んだところ、まず8歳の息子が牧師の許に送られた。 牧師はその少年を椅子に座らせ、『今、神はどこにいるのか』と厳し気に尋ねた。

その少年は何の反応も示さなかったので、牧師はさらに大きな声で『神はどこにいるのか!?』と繰り返した。

再び少年は答えなかったので、牧師はさらに声を上げ、幼い少年の顔のすぐそばで指を左右に振った。 『さあ、神はどこにいるのかね!?』

すると少年は突然脱兎のごとくに部屋を飛び出し、そのまま家に戻り、クローゼットの中に逃げ込み、ドアをバタンと閉めた。 彼の兄は弟をクローゼットの中まで追いかけ、『一体どうしたの?』と聞いた。

弟は興奮しながら答えた:『今僕たちは本当に大きな問題なんだよ! 神様が行方不明になり、僕たちがなにかやっちゃったと牧師さんは思っているんだよ!』と答えた。」

私の孫の一人は、このクローゼットに逃げ込んだ子供を彷彿とさせる。腕白さに関する限り、超弩級である。 まだこの世に現れてたった2年半という若輩者ながら、素直に言うことを聞いたためしはなく、自分の腕白さから大人の目をくらませんと箱にはいっている小さなクラッカーを床にばら撒くは(人の目を一瞬くらませる忍術を使う)、他の忍術が思いつかないと、お腹の底から精いっぱいの発声練習をするかのように叫び、でもそれが発声練習ではないのは、非常に明白である。 この孫に比べると他の8人の孫たちは天使のようである。

下の子が「その」犯人孫である。 見かけは一応2歳半ではあるが、たとえば、この子は誘拐されても、誘拐犯から熨斗付きで2秒で戻されること間違いなしだ。 不屈の精神を謳うウィリアム・アーネスト・ヘンリーの、ネルソン・マンデラ氏が獄中愛した詩、Invictus*(負けざる、あるいは、征服されざる者)をまるでこの子は読解し、モットーにしたかのようでさえある。

 

負けざる2歳半。一見可愛らしいが、忍術を使うので、気をつけねばならない。

 

先日の家族ヴァケイションでコーストへ行った折、母親に水際であまり飛び跳ねないように気をつけないと、転ぶわよ、と注意されても無視するので、即座に下図の結果となりにけり。

 

 

通常ならこうした幼い子は、海水の冷たさと横に転んだことを恥じて泣くだろうが、この子は、さすがにInvictusを愛する(あくまでも祖母の仮定)子供らしく大笑いし、再びわざと転がろうとしたが、さすがにそれは両親が許さなかった。 

こうした子供は世間には大抵一家に一人いることだろうとうそぶいて、この子の両親と祖父母は、せめてこの次はロングフェローだのワーズワースだのの詩篇を覚えさえなければ、と思うのだ。こうした子供がいて、取扱書がついて生まれてたなら、とつい楽な道を夢見てしまう我が娘夫婦である。

*Invictusについては、過去のブログ記事でご覧あれ。

 

征服されざる者 - ままちゃんのアメリカ

征服されざる者 - ままちゃんのアメリカ

emilyspoetryblog.coこの記事は先回記事のネルソン・マンデラに続くものである。27年の長きにわたった獄中生活での心の支えは一体なんであったのだろう。クリスチャンであっ...

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問題解決!

2022-04-26 | アメリカ事情 人間性

levyinnovation.com

 

 

BLM運動というのは、Black Lives Matterで、「黒人の命【も】大切だ」あるいは「黒人の命を粗末にするな」という意味合いで世界中で知られている。 どのような命も粗末にするものではなく、人の命を肌の色で、まるで食肉や卵や農産物かのように等級を決めるのは人道にもはずれる。 だがBLMだけでなく、どの命、特に人の命も大切である。 それを簡単に説明するプラクを復活祭の過ぎた月曜日に見つけた。

 

 

「どの命が大切かの議論は、2000年前イエスが終えました:全人類のために彼は死にました」

問題解決! All Lives Matter、ALMで行きたい。

 

 

 

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新しい郷土愛

2022-04-22 | アメリカ事情

foodsafetynews.com

 

 

 

南カリフォルニアに住んでいた時も、中部カリフォルニアに住む今も、地域は農業が盛んな地帯である。 北部ロサンジェルス郡と中部平原の南端カーン郡のちょうど境目にあるグレイプヴァインと呼ばれるテハチャピ山脈の南東端、テホン峠を頂点とする山地帯から、北は、特に野菜や果実やナッツ類そして葡萄栽培が盛んである。 ワイン用と食用にカーン郡南から葡萄栽培は始まる。 

砂漠のような広大な土地に葡萄園が、果樹園が、広がっている。 カリフォルニア州をハイウェイやフリーウェイで縦断すると、肥えた土壌や温暖な気候に恵まれているこの州がいかに豊穣かを実感する。 そしてどの農地においても畝や果樹の剪定状態などが美しく整然としているのが一眼でわかる。 それは多くが季節農作業をする国境の南からの移民労働者たちのおかげである。 勤める州立大学農学部の畑や果樹園や葡萄園も、耕作、植え付け、手入れ、収穫、そして剪定、その合間の畑への水入れなど全ては、こうした移民農作業者がほぼ100%担っている。 

朝はまだほの暗いうちから、畑で果樹園で熱心に働く人々を目にするたびに、その勤勉さに私は、ただただ敬服してしまう。 おかげでカリフォルニアが農業王国で、農産物は、合衆国だけでなく世界中へ出荷されている。 オリーブ、野菜・果実、穀物、酪農製品、ついでに綿花も、思わぬ海外のグローサリーストアなどでお目にかかる。 横浜のコスコで、カーン郡の親しくしている葡萄農家の葡萄が売られているのを目にしたし、あるいはデンマークやスエーデンのグローサリーストアの棚に、サンメイドのレーズンが積まれているのを見て、思わず破顔した。 1976年に大学生として来米して以来、西部三州に住んだが、ここカリフォルニア州での暮らしが一番長いので、石の上にも三年とやらで、外国でカリフォルニア州の産物を見かけると、嬉しくなってくるのは、いわば郷土愛である。 

夫が農業関連産業に長く携わっていることの影響かもしれないが、特に大都市ではない部分のカリフォルニアに住んできて、農業に対して一種の畏敬の念を持っている私は、よって農業機械に興味がある。 YouTubeで、そうしたヴィデオを選んで見ては圧倒されている私は孫息子たちと同じである。 牛馬の蹄を洗浄し、きれいに整えたり、痛がっている部分を治したりするための機器、羊を一頭ずつ壁のようなものに挟んで体重を測り、ついでに必要な予防接種を施したりする機器、ジャガイモや甜菜を収穫はもちろんそれを一箇所に集積してから一挙にまとめてトレイラートラックに積載する機械、林檎をドローンをいくつか使って収穫する機械、見ていて飽くことがない。 

ピスタシオ・ナッツを収穫するため使われる2台の機械車は、左右から木のそばで、機械の腕で木を5秒ほど揺さぶり、落ちてくる実を集めるもう片方の機械は、特に大好きである。 カリフォルニアピスタシオナッツは、収穫から加工品となるまでおよそ24時間である。 実際に大学の農園やちょっと数マイル行けばピスタシオ農園があるから、収穫期にはよくその光景を目にする。 そりゃあもう5歳ではないから、ほんの10分ほどの間しか見とれるだけなのだが。 

そのような機械を見ると、人間の智能が、満遍なく使われ、実際に人の役に立っていることがわかる。 少しでも目新しい機械を見つけると、実はすでに知っているだろう夫に「教えてあげられる」。 「なにを観ているのかと思ったら、」と笑われるが、東京生まれ横浜育ちの私にはとても楽しく、おのぼりさんの反対のおさがりさんで何が悪い?という勢い。 

農業が主産業である当地方、隣の郡では、1968年から開かれている、毎年二月の第二火曜日からWorld Ag Expo(世界農業万国博、とでも訳そうか)がある。 毎年世界中から10万人は軽く集客している。 いつか私も行ってみたいが、ニューヨーク州民の大半が、生涯で一度も自由の女神像をリバティアイランド(島)まで見に行ったことがないのと同じように、私もその範疇にいる。 その博覧会(商品展示会)では毎年新機器・機械が紹介され、農家にとっては垂涎の的だと簡単に想像がつく。 農園もなく、農家でもない私でも、心惹かれる農業機械の多いこと。 

 

Photo:Charles Hiller

 

下の写真は、ヨーロッパの穀倉地帯として有名なウクライナで、多分に大型農業機械を取り入れての農業を展開して来たようだ。 この世界農業万博にも足を運んだことのあるウクライナ農家・農業従事者もあることだろう。 小麦、大麦、雑穀、とうもろこし、ひまわりの種と油、などなど世界の食糧事情にも深く関係してきたウクライナは、いまや状況が一転し、国民に生死をかけた災難が降り掛かり、それ故に世界的な食糧危機を起こしかねない、いや既に起きつつあるらしい。 

 

fwi.co.uk

平和だった、つい近年のウクライナの機械化されている企業農場。

 

ウクライナの農地はすべて州に属しており、大企業はその80%以上を賃貸しているそうだ。 これは、国の大きさを考えると、小さな農場が比較的少ないことを意味し、約42,000 ほどで、平均的な農場(テナント農民)は100haを耕作し、あとは500,000haまで広がるいくつかの巨大な企業によって抑えられているらしい。 ほとんどの企業農場と個人農家は、穀物が主流の輪作を行っていたらしかった。 らしかった、と言わねばならぬことが胸を締め付ける。

楽しく鑑賞する農業機械・機器のトピックのはずがついウクライナ状況に飛んでしまった。 このウクライナが渦中にある艱難辛苦(かんなんしんく)を世界中の農業従事者や農業機械愛好者は、そしてそれ以外の人々は、一刻も早くそれが取り除かれることを切に願い、祈っている。 遠いウクライナ、まだ一度も足を運んだことのないウクライナ、それでも世界の人々はそこに新しい郷土愛を持ち始めたかのように、再び小麦やひまわりの豊穣がウクライナの地に帰ってくることを強く願っている。

Wallhere.com

 

 

 

 

 

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地球の日に

2022-04-20 | アメリカ事情

ジョン・マッコウネルによってデザインされた非公式の地球環境保護の日の旗

 

 

今週金曜日4月22日は、知る人ぞ知る「地球の日」(Earth Day)で今年は創立以来52年経つ。 この日は実に「知る人ぞ知る」で、たとえば私の職場の大学キャンパスでも、ほとんどは知らず、その日ではなく20日に細々と2時間あまりの催しがあるだけだ。 以下そのチラシから。:

対面(ズームではありません!)で、キャンパス書店の前に於いて。 情報を共有するいくつかの異なる地域の気候と持続可能性に関連するコミュニティ組織が参加します。

あなたも不要になったアイテムを寄付したり、寄付されたアイテムを受け取ったりできる無料のリサイクリング・テーブルがあります。 地域レストランのフードトラックから持続可能性を利用したビーガンメキシコ料理を購入もできます。 

今月の地球月間【最近は地球の日等は、ただ1日のことではなく、〜月間である】、ぜひご参加ください。 毎日の習慣を変えるのは難しいですが、ほんの少しの調整でも気候に大きな影響を与える可能性があります。 環境保全に情熱を持っている人のために、違いを生むのに役立つことができるいくつかのことをご紹介します。

それにしては、この比較的民主党支持寄りの加州公立大学キャンパス、リサイクルや分別ゴミのゴミ箱はいつのまにか混ぜこぜの一つのなんでもゴミ箱にしている。 その理由は、分別する人員不足、で、分別する費用もない、である。 すでに分別やリサイクルを停止してから10余年である。 これを恥と呼ばずになんと呼べるのだろう。

地球の日は、ウィスコンシン州選出の民主党上院議員ゲイロード・ネルソンが、1970年全米の大学生に地球環境保護について討論することを勧め、それには復活祭も過ぎ、春休み中である学生たちに都合のよい4月22日を提案した。 その統括役として、スタンフォード大学学院生のデニス・ヘイズを起用した。 ヘイズはウィスコンシン州生まれで、上院議員ネルソンに覚えがあり、環境保護擁護者で、太陽光発電の擁護者でもある。 

1970年ヘイズはネルソン上院議員に統括任命されたことで一躍有名になった。 彼はハーバード大学ケネディ公共政策大学院にも在籍した「正統派」的エリート民主党支持者である。 地球の日ネットワークを設立し、180カ国以上に拡大し、カーター政権の間、太陽エネルギー研究所(現在は国立再生可能エネルギー研究所)の所長だったが、レーガン政権がこのプログラムへの資金を削減すると、あくまでも公費に頼りたいかの政党支持者らしく、この地位を去った。 いくつかの著著があり、現在でもスタンフォード大学で教えたり、環境保護の旗手として活動を続けている。

先年脚光を浴びていた、かの「北欧の少女」も18歳とほぼ成人に近づき、多くの人々は彼女の話題が上がると、「またか」と多少苛ついた気持ちさえ抱く。 そしてこの3年間目に見えない敵との戦いに誰もが疲弊してきていることもあって、鬱々とする人々は「それで?」と思い、矛盾を感じるのである。

道を歩けば、グローサリーストアの駐車場、病院の駐車場、医師のオフィスの駐車場、普通の路上にも、踏まれて平たくなっているマスクがあちらこちらに捨てられている。 それを目にしては、「地球の日(月)だから環境保護に目を、心を向けよう」などと、広大な目標よりも、噛んだガムや汚れたマスクをつまりゴミを、ゴミ箱へ入れてから、論じてほしい、と誰でも思うのだ。

環境保護も大事だが、やはり今月29日のナショナル・アーバーデイ(植樹祭)の方を私個人は好む。 これは16世紀にスペインで始められたことだが、合衆国でも1872年4月ネブラスカ州の政治家ジュリアス・スターリング・モートンが100万本の植樹を行い始まった。モートンは古典的リベラリズムと保守主義の合わさった政党バーボン(ブルボン)民主党に属し、クリーブランド政権下、農務長官に任命された。

ほとんどが荒地だったネブラスカを緑化し、農地・耕作に適した土地とするための植樹活動は、後年1907年4月に共和党セオドア・ルーズベルト大統領が、「合衆国の学生・生徒に対する植樹宣言」を発表するほどに広がった。 ちなみにモートンの息子ポール・モートンは二つの鉄道経営陣の重鎮を占め、実業界での活躍があり、父親の政党に相反する共和党員となり、セオドア・ルーズベルト政権下、海軍長官を任命された。

モートンのもう一人の息子ジョイ・モートンは、小さなシカゴ近辺の塩会社を買い取り、モートンソルト会社と名前を新たにし、黄色いドレスを着て傘をさす少女のイラストと共に”When it rains, it pours”(意味は通常「悪いことは重なる」だが、この塩の場合、文字通り「雨降りでも[湿気らずに]サラサラ」という意味合い)というキャッチウフレイズで現在も塩業界の代表である。 そして彼は合衆国イリノイ州ライルにモートン樹木園を作った。 現在これは公共の庭園であり、図書館、植物標本館、および樹木科学センターを含む樹木研究プログラムを備えた屋外博物館である。

photo: Karla Sullivan

 

1989年には、ジョン・デンバーが、”Plant A Tree"(木を植えよう)というテーマソングと共に植樹祭日の宣伝がよくラジオやテレビで流れた。 今では、その歌の存在さえも知らぬ人が多い。 夫と私は、25年前現在の地に越してきてから、即時7本のレッドウッドを庭に植えた。 それは今や90フィートから100フィートの高さになった。 この常緑の木々の下は、森の中のようで、ハスキーのBoo (ブー)は毎日そこで遊び、夏はそこで昼寝をする。 私たちはそこを「Booの森」と呼ぶ。 

 

 

庭にはその他に柑橘類からストーンフルーツ(桃、ネクタリン、桜桃、杏等)、いちじく、柿、梨も植えられており、最近は、せいぜい花や野菜やイチゴなどを植えることに専念している。 前庭には無果実の梨、チャイナベリー、それにアメリカスズカケノキ(プラタナス)が植えてあり、夏の西陽から家を守ってくれている。 

毎週月曜日早朝が収集日には、分別したゴミ箱3、4個を自宅のカーブサイドに出す。 それが私たちの記念日でもない毎週の、つまり毎日する環境保護状況である。 地球上どこにいてもゴミはゴミ箱に、をまず心がけること、などと口にするのもおこがましいのだが。 

そうすると、日本はやはり良い国である。 政治政党に関係なく、国民は「わかっている」のだから。 野球に関してはひどく無知なわたしでも、大谷翔平選手の、球場でよく見かけるゴミ拾い姿は、声高に、あるいはメガフォンで叫ばずとも、地球環境保護を行動でひっそりと世界に示しているのを知っている。

 

 

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