旅日記

旅の記録と紀行文を紹介する事でしょう。
写真は私が撮影したものを使用しています。

カリフォルニア紀行2000

2005-02-17 12:00:00 | 帰国5周年記念

Muni Street Car
San Francisco, California, January 30th, 2000


書き進まないので、暫くお休みしております。
申し訳ありません。

カリフォルニア紀行2000 ベイブリッジ

2005-02-16 11:00:00 | 帰国5周年記念

San Francisco-Oakland Bay Bridge
San Francisco, California, January 30th, 2000


19.ベイブリッジ

再び Muni の電車(Muni Metro) で Embarcadero へ移動。昨夜と違い、明るいので写真を撮る。フェリービルディングのまわりをウロウロする。海を見ればサンフランシスコ湾を挟み、オークランドとを結ぶ、San Francisco-Oakland Bay Bridge が見える。

昭和11年(1936)開通のこの橋は、全長8.5マイル(約13.5キロ)もあり、昭和63年(1988)開通の瀬戸大橋のように上を自動車、下を鉄道が走っていたこともあるそうだが、今は上下ともに自動車道となっている。対岸へ渡る途中に Yerba Buena Island という島を経ている。この島と陸続きで Treasure Islands があり、サンフランシスコの夜景スポットとなっている。開通した頃には博覧会会場だったそうで、瀬戸大橋博を連想させる。平成元年(1989)開通の横浜港横断橋(0.86キロ)をベイブリッジと呼ぶのはいかがなものか。横浜湾ではあるのだろうけど。そういえば横浜博もやってました。

橋の写真を撮っていると、私と同年代と思われる白人男性の旅行者も同じように写真を撮っている。アメリカ人かどうか知らないが、写真を撮るのは日本人ばかりではないようなので安心する。

ふと Market St. の方を見るとクラシックな路面電車が止まっている。SPECIAL と表示があり、TAKE NEXT CAR の札も見られるので、乗せてはくれないようだ。とりあえず写真に収める。どうも日本での行動パターンから抜け出せない。 (つづく)

カリフォルニア紀行2000 サンフランシスコの朝

2005-02-15 10:00:00 | 帰国5周年記念

City Hall, San Francisco, California, January 30th, 2000

18.サンフランシスコの朝

- Sunday, January 30th, 2000 -

よく眠れなかったからといって、いつまでも寝ているのはもったいない。今日は公共交通機関を利用して、サンフランシスコを散策するつもりである。ホテルを出ると、けしからんことに雨が降っている。It Never Rains In Southern California (Albert Hammond) ではないのか。サンフランシスコは南カリフォルニアではないらしい。O'Farrell St. のカメラ店で安い傘を買う。$6.50 だった。色は日本のような白や透明ではなく黒だった。傘袋もついている。

Powell St. の BURGER KING に入る。4年前に McDonald's と間違えて利用した店である。その時のレシートに 'THANK YOU COME AGAIN' とあったので本当にもう一度来たことになる。CROISSAN'WICH® w/ Sausage, Egg and Cheese と Hash Browns に Coffee で $2.59 であった。

バス、路面電車そしてケーブルカーを運営する Muni (San Francisco Municipal Railway) には1日乗り放題の切符があり、地下駅で売り場を探す。よく判らなかったので、東洋系の職員の方に案内してもらうと、地上のケーブルカー乗り場の近くに、遊園地の切符売り場のような箱があった。MUNI 1 DAY PASSPORT ($6.) を購入。地下駅の有人改札から入場する。この切符は Muni は乗り放題だが、 BART (Bay Area Rapid Transit District) の路線は利用できない。

隣の駅へ移動し、手紙を出したいので郵便局を探すが見つからない。あきらめて City Hall を見に行く。昨日、フロント氏に変質者がいると注意された Civic Center 付近だが、どうということもない。日本で市役所を City Hall と訳す事があるが、趣が全く違う。サンフランシスコのものは大変立派な建物である。日本のは City Office といったところか。日光市役所は大変立派だが。 (つづく)

カリフォルニア紀行2000 サンフランシスコの夜

2005-02-10 11:00:15 | 帰国5周年記念
17.サンフランシスコの夜

地下駅となっている Powell St. から地上に出てくる。BARTは Market St. の地下を走っており、同駅は Powell St. との交差点に位置する。サンフランシスコ名物のケーブルカーもここから出ている。

とりあえずホテルへ。予約はLAの時と同様、日本からファクシミリでしてある。街は人通りが多い。駅から歩いてすぐにホテルに着いた。入口にはカギがかかっている。ブザーを鳴らし、開けてもらう。フロント氏(ラテン系?)に話しかけると、日本語で応対をする。別に日系のホテルでもないのだが、これはありがたい。市内の地図をくれて、どの地区も安全だという。しかし Civic Center 付近は変質者がいるという。チェックインを済ませると、フロント氏が2つのカギを渡す。ひとつは部屋のカギだが、もうひとつはホテルの玄関のカギだという。宿泊者のみが出入りできるようにするためらしい。警備員がいないのだろう。安全とはいえ、日本ほど治安はよくない。

ホテルというより、雑居ビルという雰囲気である。部屋に入ると、まさに小さな事務所のようである。バスタブやトイレはとって付けたようである。古い建物とガイドブックにあったが、本当に古い。部屋も狭い。しかし料金はLAのモーテルより高い。そもそもサンフランシスコのホテルの料金は高いのだそうだ。窓からは日航ホテルのロビーが見える。別世界のようである。これから3泊することになる。料金は税込で $256.50 であった。

部屋に手荷物を置いて出掛ける。サンフランシスコにはBARTのほか、Muni (San Francisco Municipal Railway) の運営する鉄道がある。路面電車、バスのほかケーブルカーの運営もここが行っている。 Market St. の地下は多層に鉄道が走り、最も深いところにBART、その上にMuniが走り、地上となる。地上には路面電車の軌道も見られる。切符($1.)を買い、自動改札を抜けて、プラットフォームへ。街の中心部では路面電車が地下を走るのだが、これがそうである。したがって編成は短い。終点の Embarcadero で下車する。BARTも直下を走っているが、同区間の運賃は $1.25 と、Quarter (¢25硬貨)1枚分高い。

フェリービルディングまで歩く。文字通り、フェリーが発着するが、Amtrak の連絡バスも発着していて、4年前にサンフランシスコを後にしたのはここである。今日は飛行機に乗ってしまったが、本当は鉄道と連絡バスで来たかったのだ。何はともあれ、4年振りに戻ってきた。ベイブリッジも見える。もう日も落ちているので、散策は明日にしてMuniでホテルの近くに戻る。

ガイドブックに紹介されていたレストラン、というかカフェで食事をする。メニューが英語なので読むのが煩わしい。ペスカトーレと Budweiser を注文する。旨いビールではないが、成田-バンクーバーの機内で飲んだワイン以来のアルコールなので嬉しい。ペスカトーレのパスタはきしめんのような平打ちで、ムール貝らしき貝が沢山入っている。サンフランシスコ独特の酸っぱいパンも添えられている。まあ満足した。ウエイトレスを呼ぶと、「ビールをもう1本か」と聞いてくるが、コーヒーをもらっておしまいにした。チップを含めて $18.34 だった。

4年前にも来た事のある酒屋で CRYSTAL GEYSER と絵葉書を5枚買って $2.25 払う。日航ホテルが近いせいか、日本酒や、カップめんも並ぶ。絵葉書も日本のはがきサイズのものもある。付近には小料理屋もあり、日本料理の店も多い。

ホテルに戻り、寝る事にする。しかし外が騒々しい。ホテルの裏が何の店だか知らないが、大きな音が漏れている。ときおり、車上荒らし対策のアラームが鳴り響く。土曜の夜の繁華街なので、いつまでもうるさい。そもそもホテルの建物が古くて、防音がされていないからうるさいのだ。ここに3泊もするのである。LAの清潔で広くて静かなモーテルが思い出される。騒音で寝ては起き、寝ては起きで一夜を過ごすはめとなった。 (つづく)

カリフォルニア紀行2000 サンフランシスコへ

2005-02-09 09:00:33 | 帰国5周年記念
 
16.サンフランシスコへ

初めて海外での国内線だが、特にどうということは無い。Country Music でも聴きながら、読めない機内誌を見て過ごす。コーヒーをもらう。席のテーブルが壊れている。コーヒーの味はちゃんとしている。他の米国の航空会社のそれは、黒っぽいお湯というべき代物であった。出発が2時間も遅れたが、1時間半でサンフランシスコ到着である。鉄道では約12時間を要したから、速さは比べるまでもないけれど、車窓を楽しめる鉄道の方が旅は楽しい。食堂車もある。

1時間半で着いたものは仕方ない。初めてサンフランシスコに着いた時、つまり初めて外国に着いた時は、何とも不安で恐ろしくもあり、2時間ばかりこの空港から出られなかったが、場数を踏んだというか、やけくそなのか、今日は平然とバス乗り場を探す。バスに乗る前にアメリカン航空のカウンターで、帰りの便の予約再確認(Reconfirm)をする。出発の2時間前迄に来るようにいわれる。ちなみに出発時刻は午前8時35分なので、午前6時35分迄になのか。この時期のサンフランシスコのこの時間は夜明前である。

バス乗り場に行くと、ダウンタウンへの便と、もよりの鉄道駅への便があり、もちろん鉄道駅への便を利用する。そこにいた女性にこの乗り場でよいのか尋ねる。ダウンタウンへ行くのに何故直通バスを利用しないのか逆に尋ねられる。今になって思えば、尋ねられたのではなく、直通バスを薦める、英語の言いまわしなのだ。わざわざ鉄道に乗り換える理由を説明するのは日本語でも難しい。

SamTrans 運営のバス(運賃$1.10)でBART(San Francisco Bay Area Rapid Transit District)の駅 Colma へ。BARTはAMTRAKと違い、文字通りベイエリアの高速で結んでいる鉄道で、電車である。前回サンフランシスコを訪れた時には Daly City までの営業だったので、そこまで乗車しているが、1駅空港よりの Colma まで延伸開業している。これに乗らなければならない、と英語で説明する力は私にはない。

自動券売機で Colma から Powell St までの切符($2.25)を買う。LAのMTAより高い。自動券売機は、とてつもなく大きい。自動改札機を通り、ホームへ。車内に入るとカーペット敷きで落ち着いている。乗り心地も申し分なく、加減速もスムースだ。市の中心部に入ると地下区間となる。そのまま海底トンネルとなり、湾の対岸の Oakland 方面と結んでいる。今日は対岸には渡らずにPowell St で列車を降りた。 (つづく)

※現在、BARTは空港まで乗り入れています。