フェンネル氏の奇妙な生活

気付いた世界の中の小さな出来事と水彩画と時たま油絵と思いついたことを爺さんが一人語りいたします。

見るたびに

2013-07-19 08:43:55 | Weblog
ノウゼンカズラの咲き誇るなか西へ行ってきました。
柏崎ぎょうじさんの歌に「見るたびに顔の小さくなる叔母が今日もの言わずちょうぼうせせり」というのがあるが見るたびに顔は小さくなっている。手も足も細くなっている。動けないから当たり前のことなんだけど。こんなになってまで生きて何の人生かって人はいうけどそして自分もそう思っていたけど生命ってそんなに単純なものじゃないんだと姉の顔を見ているとそう思う。ただ生きてるというだけで凄い存在感。共に今を生きると言う共存感というか少し姉が動いただけでみんなが喜んだり笑ったり。命って人生だけじゃないんだね。そりゃぁ介護している人は大変なんだろうけど死んでくれって願うこともあるだろうけどそれって違うと思う。命って別次元のものなんだねと。そんなこと姉から学んだような気がする。「話せたら行くけん」と言ってたシンゴン。「脳が壊れちょうか」と昨日自分自身に言い聞かせるように言ってたのが憐れを誘う。命って人の心に時間を経ても降りて来るんだなと老いた姉の亭主を見ながら思った。「仕事に行くけん」と自分のオフィスに向かうシンゴンの背中に哀愁が漂う。
コメント
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