ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

佳子様 IN 進水式

2015-06-07 18:03:11 | 皇室報道

 お待たせしました

 7日午前、三菱重工下関造船所にて海底広域船「かいめい」の進水式が行われた。

 佳子様は斧で綱を切られた。

 その後、祝賀会にもご出席。

 船名を考えた安井槇人君に話しかける。

  「小さいときから船は好きなの?」

行ってきまーす。入り待ちの方々が多いっ!!

これは仕込じゃありません。

何だか厳かで華やか。「かいめい」の幸先がいいですわーー

その後、花束を受け取られ・・・・薔薇より美しい姫君。

佳子様のスーツはいわゆる「空色」の非常にシンプルな形。

アクセサリーもパールでシンプル。なのに、どうしてこんなに華やかになるんでしょうか。

一般人が着ると、もしかして仕事着に見えちゃうかもしれないなあ・・・なんて。

 祝賀会で。

確かにシンプルだけど、生地がとてつもなくいいものでいらっしゃる。

 シャンパンも御似合い。

これっ!この表情がたまらないのーーー

「小さい頃から船が好きなの?」(ああ・・ゆうゆうと同い年かあ。今頃何してるかしら)

毎日、こんな風にお姉さまに話しかけてもらえる悠仁殿下。羨ましすぎる。

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

佳子様 IN 山口  2

2015-06-07 10:26:21 | 皇室報道

 癒しのひと時をどうぞ。

笑顔が最強の武器。

 参道では拍手が巻き起こったとか。

常に扇は横に。

 

 写真からでも立ち居振る舞いの美しさはわかります。

 水族館。こういうのはお父様が多かったわね。

魚さん達嬉しそう♪

 

 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

皇室ウイークリー

2015-06-07 08:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

5月29日・・・皇后陛下 → 養蚕

        天皇陛下 → 通常業務

        両陛下 → 欧州理事会議長らに会う

                フィリピン国国賓来日について説明を受ける

                フィリピン国国情について説明を受ける

5月30日・・・両陛下 → 古式馬術を鑑賞

                傘寿記念茶会

6月1日・・・両陛下 → 日本学士院授賞式

                茶会

6月2日・・・両陛下 → 勤労奉仕団に会釈

      天皇陛下 → 通常業務

6月3日・・・両陛下 → アキノ大統領歓迎行事

                           会見

               宮中晩さん会

       天皇陛下 → 通常業務

6月4日・・・両陛下 → 皇宮警察本部長表彰の永年勤続功労者に会う

 

皇太子同妃両殿下

5月29日・・・皇太子妃殿下 → フィリピン国について説明を受ける(陪席)

5月31日・・・皇太子殿下 → 「色舞奏」鑑賞

6月1日・・・皇太子殿下 → 日本学士院賞本年度受賞者及び新会員等茶会陪席

6月2日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

6月3日・・・皇太子殿下 → アキノ大統領歓迎行事

       両殿下 → 宮中晩さん会

6月4日・・・皇太子殿下 → 勤労奉仕団に会釈

 

秋篠宮家

5月28-29日・・・秋篠宮殿下 → 兵庫県訪問

 ・ 日本動物園水族館協会「平成27年度通常総会出席

 ・ 太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔供花

 ・ 姫路城視察

 ・ 姫路城動物園視察

 ・ 日本動物園水族館協会情報交換会出席

 ・ 「平成27年度通常総会」主催者始め関係者と昼食・懇談

6月1日・・・両殿下 → 日本学士院賞本年度受賞者及び新会員等茶会陪席

6月3日・・・両殿下 → 恩賜財団済生会理事長から説明を受ける

     紀子妃殿下 → 第62回産経児童出版文化賞」贈賞式出席・懇談

     両殿下・佳子内親王 → アキノ大統領宮中晩さん会

 雅子妃が助走をつけ始めた原因はなんなんでしょうね。

  単に結婚記念日が近いから・・・というわけではなさそうだし。

  やっぱり「もうすぐ私の時代」って事なんでしょうか。

  晩さん会に出るにあたって、なんと両陛下に対するアキノ大統領説明に陪席

  しているんです。

  だけど。

  結局、歓迎行事はわけのわからない理由で欠席し、晩さん会も途中退席。

  「ダウントン・アビー」風に晩さん会を説明すると

  ・ お客は晩さん会会場の前に「待合室」に通される。

  ・ 名前を呼ばれた順に当主に挨拶し、広間に入場。歓談。

    その時に座る席も教えられる。

  ・ 晩さん会は男女が交互に並ぶ。男子が女子をエスコートする。

  ・ 食事の後は男女別々に別れてお茶を飲みながら会話。

だそうです。

晩さん会の目的は「食べる事」ではなく「会話を楽しむ事」なので、会話を途切れさせない

訓練を受けなくてはならないそう。

「ふしぎ発見」で野々すみ花がイギリスの晩さん会に招かれた時は、客人として

当主の隣に席を設けられ、話題が尽きないように気を遣われていたような。

そういう「おもてなし」が必要で、その為に相手の事をよく知る必要があるんですよね。

会話には「ウイット」が必要。

「ダウントン・アビー」でも、とにかく食事中の会話がすごい。よく次から次へと話題が・・・・と。

多分、そういう事が雅子妃には出来ないのです。20年以上皇室にいても。

話題が思い浮かばないし、そもそも他人様に興味がない。

だから乾杯の後はあっさり席を開けて、終わりに出てくる。食事は別室でしょうか。

だけど、イギリスではよほどの事がない限り途中退席は許されない筈なんですけどね。

日本では必要な時にティアラを被らない皇后と、平気で途中退席してしまう皇太子妃がいて

こういう事が許される実情は、つまり「なんちゃって晩さん会」なんだろうなと

その昔、昭憲皇太后が思い切って十二単を脱ぎ捨て、足袋と草履からハイヒールに替え

必死に西洋風のマナーを取り入れた事を思えば、日本の「崩れたマナー」はありえない。

鹿鳴館時代に西洋人に「猿真似だ」と言われたことと本当に変わりないのではないかと

思いますけど。

 ネットでは「皇太子夫妻が国賓や関係者と隣り合わせにして貰えなかった」と

  嬉しそうに語っていますが、果たしてそうでしょうか?

  単なる席次に過ぎないのではないかと思います。

  チャールズ皇太子夫妻が来日した時、昭和天皇の隣がダイアナ妃でした。

  反対側は皇太子妃・美智子さま。

  オバマ大統領の時は大統領を挟んで両脇が皇族方。

  晩さん会は原則「男女交互に」だそうですけど・・・・

 皇后陛下、古式馬術観覧とアキノ大統領を迎える時の服装が同じ。

  晩さん会もグレーで。グレーに凝ってるのかしら?

 アキノ大統領が帰国の途につく時の会話。

アキノ 「今回の訪問は大成功でした。心から感謝します

天皇 「大変うれしく思います」

アキノ 「天皇陛下が果たしている重責に敬服の念を覚えます」

天皇 「皇后がサポートしてくれて感謝しています

アキノ 「私も一生の伴侶を見つけたいと思います。

    ただし大統領の任期が終わってからになりそうです」

 これねー何でわざわざ「皇后のサポート」っておっしゃったのかしら。

  まるで皇太子が「雅子がいてくれて」というのと同じではありませんか。

  言葉に出さなくても皇后陛下が力を尽くされている事はわかっています。

  微笑ましい・・・と見る向きもあるかと思いますが、何もそこまでと私は

  思ってしまうんですけどね。

  

 

さて。宮中晩さん会で雅子妃がつけていたネックレス。

秩父宮妃のネックレスでした。

これはかなりショックですよね。

「歓迎式典ドタキャン」

「晩さん会途中退席」

「トンガ行きを検討」

と同じくらい納得がいかない事。売るなよーーとかいう書き込みもありましたけど

そっちも心配だけど、結局、このネックレスをつける事をお許しになったのは

皇后陛下の筈で。

そりゃあまあ、宮妃方が亡くなり宮内庁に保管されている宝飾品の類を選ぶ権利が

あるのは皇后と皇太子妃のみなんでしょうけど。

テレビの画面にでる所にはにこにこして、役目をはたしていないのに

「晩さん会に出席」と大きく報じられ、勢津子妃の形見のネックレスを身に着ける。

皇室の権威は地に落ちたなというのが正直な感想です。

なーにが「伝統」だっ 例外ばかりじゃないの。

オバマ大統領は今頃 「何で自分には会ってくれなかったんだろう」って不快に

思っているかもしれません。

だけど「皇室」という菊のカーテンを盾に、何をやっても許される・・・そんな世界に

私達は税金を払っているのです。

ほんと、ばかばかしいですよね。

7月にもし、皇太子夫妻がトンガの戴冠式へ行ったら、またも恥をさらす事になるのに

それも「皇后修行よ。行ってらっしゃい」って事になるんでしょうかね。

 

 

 

コメント (11)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

6月6日の顛末 二つの所感

2015-06-07 07:00:00 | 皇室報道

 6月6日。豊島岡墓地と宮邸において、三笠宮仁親王殿下の三年式年祭が

行われました。信子妃は出席されませんでした。

 

三年式年祭に際して

彬子女王の所感

「父の三年式年祭を迎えるに当たり、

これまで多くの皆様方より頂戴いたしましたあたたかい御弔意に対し、

この場をお借りいたしまして、改めて心よりの御礼を申し上げます。

父が亡くなられてから、あっという間の3年間であったような気も致しますし、

ずいぶんと長い時間がたっているような気も致します。

3年がたち、ようやくこれまでの時間を見つめなおす心の余裕ができてきたようにも思います。

今は、妹と二人で父の御公務を引き継がせていただいておりますが、

関係者の皆様が愛情をもって父の思い出話を折々にしてくださるのを伺いながら、

父がこれまでなさってこられたことの大きさを実感し、

私自身も身の引き締まる思いが致します。

父には到底及びませんが、妹と共に、精一杯の力を尽くしてまいりたいと思います。

 無我夢中で進んでまいりましたこの3年間を、天皇皇后両陛下を始め、

皇族殿下方、周りの多くの方々、国民の皆様があたたかくお見守りくださり、

お導き、そしてお支えいただきました。

たくさんの方々のお力によって、ここまで歩んでこられましたことを

心よりありがたく思っております。

 父が築かれました寛仁親王家はなくなってしまいましたが、

三笠宮同妃両殿下のお教えを頂きながら、今後も皇族の一員として、

三笠宮家の一員として恥ずかしくないよう、務めを果たしていきたく思います。

 随分とはしょられたんだな・・・とわかる所感。

 それにしても彬子女王、敬語の使い方があかしいと思います。

 父がなくなられてから → 父が亡くなってから

  父がこれまでなさってこられた → 父が生前行ってきた

でいい筈。どうしても敬語を使いたいのなら「父」の部分を「仁親王殿下」に

おきかえる必要があると思います。

 彬子女王は博士号を持つ方でしかも皇族なのに随分といい加減な言葉の使い方を

 するんだなと思いました。

 「妹と共に」 → ここをどうして「母と妹と」に出来なかったか。

  また、三笠宮家の一員として・・・という言葉に「皇族」としてのプライドを感じます。

 っていうか感じすぎ。お父様のなさって来た事は彬子女王が皇族でなくなっても

 出来る事だと思いますし、彬子女王はお父様とは別の道を選んでいるのではありませんか?

 ここは宮家の一員に拘るより、よりよいご縁を探して降嫁するのが筋かと。

 だれかがそそのかしている・・・・というコメントを見ました。

  そんな事するのは。

  長老殿下しかいないのではと思いつつ。やっぱり大殿下としては息子を3人も持ちながら

 誰一人男子をもうけることなく、しかもご自分より先に逝かれた事に人一倍傷ついていると

 思うんです。彬子女王にだって「もしお前が男だったら・・・」みたいな事をおっしゃったのでは?

 戦前において、未亡人ではなく内親王なり女王なりが一生独身で、しかも一人で宮家に

 残った例はありません 好き嫌いに関わらず「格」で結婚相手を選んで来たからでしょう。

 皇族はそれでいいと思いますけど。

 それとも桂宮淑子内親王みたいに、一人で宮家当主になり独身のまま生涯を終えますか?

 確かに淑子内親王は「天皇の姉」として地位だけはだれよりも高かったですけど

 それが幸せだったかどうか。

 

信子妃の所感

祥月命日及び毎月の月命日に豊島岡のご墓所へお参りに上がりながら、

早三年祭を迎えました。

宮様を思い御好物のお料理やお飲物を、毎食御作り致しておりますと、

「これが好きだったのを覚えていたの。歯応えがいいね。」などと宮様のお声が

お写真から頂戴できるようで、大きな励みになった様に存じます。

 宮様が御元気だった頃のお姿を思い出しては、宮様と私の

二人でしか出来ないお話を懐かしく、

又、有り難いことと感謝の日々でございます。

 私も体調が定まらずお役に立つことが叶いませんでしたことを

恐縮に存じておりました頃とは

比べものにならないほど回復することができました。

 昨年からは、ご案内を頂戴致しました多くのお務めをすべて務めさせて

戴ける様になりましたことは、

ご理解と御支え下さいました多くの方々の御蔭様と深く感謝申し上げます。

 天皇皇后両陛下をお支え申し上げ、震災の復興支援を含めて、

国民のお役に立ちます様精一杯努力を致してまいります」

 こちらは至極真っ当。

  夫婦にしかわからないあれやこれやが垣間見えるようでいいなと思います。

 体調は「くらべものにならないほど回復」とおっしゃりながら、三年式年祭には出席

 されませんでした。

 

信子妃の医師の文書

関係各位には日頃よりご理解とお力添えをいただき、心より感謝申し上げます。

 妃殿下におかれましては、おかげさまで、ストレス性喘息(ぜんそく)の治療プロセスを

着実に進んでおいでになり、ご回復は極めて順調であります。

 さらに、関係各位のご理解とご期待に応えて、ご案内の通り通常のご公務も

果たしておられます。

 順調なご回復の中で、かねてより、妃殿下に赤坂御用地にお出でいただくことの

適否を検討してまいりましたが、今回の赤坂訪問はまだストレスが

過剰ではないかとの懸念があり、

時期尚早であると判断いたします」

 簡潔だけれどこれが本当の「医師団見解」だと思うんですよ。

  大野医師の名前で出される、長ったらしいもっともらしい言い訳だらけの文章は

  どう考えてもおかしい。

 しかしながら、あれだけ公務にまい進されてきた信子妃が・・・・

  それこそ晩さん会にもご出席されたのに、三年式年祭に出られないというのは

  そう考えても変。

  ストレス性喘息っていうけど、だったら思い出も語れないのではないかと思いますし。

  やっぱりこれは「出席して欲しくない」為の医師団の文書だったんだろうと。

 宮邸も墓地も両方ダメって話はないんじゃないかなあ・・・祥月命日は参拝している

  わけだし。宮内庁と彬子女王の間でここが妥協点だった?

  とするなら、宮内庁は本来の役目を全うしていませんよね。

 

余談ですけど、雅子妃の主治医は「治療のプロセス」なんか持っているんでしょうかね?

同じ医師なのにこれほど文章に違いが出るという事は、おのずと人間性の差なんでしょうか?

どんな有名な医師であっても大野医師にかかる事はお勧めしませんね。

 

追記

墓所には午前中に信子妃が訪れ、その後、皇太子夫妻と秋篠宮夫妻、黒田夫妻が参列。

千家家の典子さんも。

上記の彬子女王の顔、すごく険が出ているというか。ちょっと怖い。

皇太子夫妻。二人とも姿勢が。

偉そうな皇太子の前髪が変。

扇を突き出す雅子妃。

三笠宮両殿下。

コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする