ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

真実のバッシングと誹謗中傷は違う 3

2021-10-07 07:00:00 | 皇室報道

今回、眞子様の「複雑性PTSD」発表によって、それが「言論弾圧」であるという意見が沢山出て、かえって逆効果だったとみる向きが多いです。

私も当初「宮内庁~~~なんてことを言うんだ」と思った口です。

複雑性PTSDが真実かどうかに関わらず、誹謗中傷する人というのは常にネタ探ししてるもので、まさに記者会見直後、「それって俺らのせい?国民のせい?」などが拡散し、「眞子さまは病気を使って国民を言論弾圧した」とぴう流れになってしまいました。

テレビがぴたりと報道をやめてしまった事を見ると、そうとられても仕方ない部分もありますが、マスコミもまた「眞子様の複雑性PTSDは中学生の頃からの・・」という部分を削除して報道した責任があります。

これはわざとなんだろうなと思います。

あくまでも「小室圭と秋篠宮家を誹謗中傷したから複雑性PTSDになった」という事にしたいのだと。

小室圭問題と「秋篠宮家への長年にわたる誹謗中傷」は別問題であり、本来は大元の誹謗中傷を受けた紀子様について深く配慮すべきであるし、「国民の為に頑張っている宮家を誹謗中傷するというのはどういう事か」と議論すべきでした。

しかし、マスコミの標的は眞子様に一直線。

母である紀子様にはまるっきり言及されません。

つまり、マスコミ(反日、愛子天皇派)は全然負けてはいないということ。

そもそもワイドショーの司会者にしろ、コメンテーターにしろ、政治や社会問題についてはかなり詳しく学び、議論しているのに、こと皇室になると、「へえ、そうなんですね」ばかりで皇室ジャーナリストに説明を投げっぱなしです。

じゃあ、皇室ジャーナリストの見解が正しいと絶対的に言えますか?

例えば女性自身編集長の近重氏。

この人は、秋篠宮家を誹謗中傷して来た週刊誌の代表でもあります。

いくらテレビでお上品ぶって「・・・ですね」言葉で喋っても、私からみたら「あんたが一番ひどいこと書かせてきたんじゃないか」と言いたい。

したり顔で「皇室ジャーナリスト」を名乗る人達の怪しさというのは、我慢ならないものがありますよね。

最初に「国民のせいで」と言ったのは女性週刊誌であり、それを言わせたのは皇太子妃雅子さんです。

皇太子夫妻は結婚後、8年間子供に恵まれませんでした。

多くの国民にとって「雅子さん」はそんなに人気があったわけではありません。

結婚してから、最初の公務でいねむりし、「風邪ひいた」とかいう理由で公務を良く休んでいたし、阪神大震災があったにも関わらず中東に訪問したり、被災地訪問まで半年もかかったり。

 

(詳しくは「日本一運のいい女ー雅子皇后の肖像」をご覧ください)

でも、マスコミは何かある度に

 おめでたの兆候ではないか

と書き連ねていました。阪神大震災の被災地に行かない理由にすらそれを持って来たのです。

当時の皇室は秋篠宮家に眞子様が生まれ、皇太子結婚の翌年には佳子様が生まれていました。

天皇は男系男子のみ」という縛りがある中で、なかなか皇太子妃が懐妊しない。

皇太子妃自身、それを望んでいない風が感じられる・・

宮内庁は一生懸命に「静養」を通じてお膳立てを考えたものの、それが「海外旅行したい」雅子妃には不満で、不妊治療を開始するまでに5年もかかっていたのです。

皇太子妃の第一の役目は「世継ぎを産むこと」これはどこの王室でも同じです。

しかし、ジェンダーフリー論者は「女は子供を産むマシーンじゃない」と言い出し、雅子妃もそういう思想にかぶれていた・・・(というか本音は皇后も同じでしょう)為に「出産を強制される事は嫌だ」という論調になって来たのです。

夫婦にとって自然な流れの妊娠・出産が、女性の側からのみ「強制」と言われてしまっては民族崩壊もいいところ。

雅子妃が皇室に入れば出産を余儀なくされることを知らなかったとは言わせません。自分の中でそれは重要じゃないと思っていただけです。

「天皇の第一の役目は後継者を作ること」です。

いくら雅子妃が「海外旅行に行きたい。外国でちやほやされたい」と思っても、「世継ぎ」を産むことからは逃れられません。

 1999年11月下旬 雅子妃、基礎体温の上昇

        ↓

 1999年12月3日 ベルギー出発

  現地でフィリップ王太子の結婚式に出席

  そののち、デユルビュイという首都から離れた場所へ行き、グルメ三昧

  ブリュッセルのレストランで食事 ワインを飲む

  ベルギー王室メンバーに「皇室」の悪口を言いふらす

 1999年12月7日 帰国

         ↓

 1999年12月10日 朝日新聞が「雅子妃懐妊の兆候」と1報

         ↓

 1999年12月13日 宮内庁病院受診 結果が出ず再検査

         ↓

 1999年12月30日 稽留流産と診断され処置を受ける 妊娠7週目程

 まあ、正直、こういうスクープはかなり女性にとってはプライバシーの侵害だと思うのです。

ゆえに、悪者は「リークして朝日新聞に流した宮内庁」「朝日新聞」となり、最終的には「マスコミのせい」「国民の過剰な期待のせい」となるわけです。

 紀子妃が悠仁殿下を懐妊された時も、ほぼ同じ週数でスクープ。両殿下は何で情報が?と驚いたようですが、顔色一つ変えませんでした。

 この時は「雅子様お可哀想」的雰囲気が出来ていましたが、後に

 妊娠した事を隠してベルギーへいった

 妊娠初期は飛行機に乗ることや飲酒などは控えるべきだったのに、普通にお酒を飲んでいた。ゆえにベルギー王室側は気づかず。

 流産の知らせを受け、ベルギー王室から「お詫び」があった

最終的に悪いのは、海外に行きたい為に真実を隠していた雅子妃だったのですが、全部回りのせいにし、相手国から詫びを入れさせるという事態になったのです。

ちょっとマスコミがしり込みする中、2000年6月、香淳皇后崩御がありましたが、雅子妃は「夏バテのようなもの」で葬儀を欠席

これまた後に、葬儀の手順等について皇后から注意を受けた事を恨んでの仕返しだった事がわかります。

眞子様が散々「公より私」を優先すると叩かれていましたが、雅子妃は自分の欲望にだけは忠実であり、皇族としての務めには無関心でまさに「私だけに」の状態であった事がわかります。

週刊誌等はバッシングに動きましたが、テレビ局は一切無視しました。

それが今回と大きく違う部分です。

国民の過剰な期待のせい」と言いますけど、多くの国民にとってはどうでもよかったことで、皇室の伝統の中心にいる皇太子妃ですら最大のお務めを海外旅行に勝るものなしと考えていたわけで。

ましてや注意されたことを恨んで皇太后の葬儀に出席せず・・など皇族としていかがなものかと思います。

秋篠宮家の眞子内親王・佳子内親王は小さくてもきちんとお役目を果たしていました。

そんな内親王に「一時金を辞退」という考えを持たせてしまった周囲の人達というのはどういう常識の持ち主だったろうかと思うのです。

 

 

 

 

コメント (19)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする