水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百二十八回)

2010年11月01日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百二十八回
「それがですね。友人と云やあ、まあ友人なんですがね…。っていうか、そいつは同級生なんで、一応は友人って云ったんですが…。長い間、会ってませんし、そんなに仲がよかった訳でもなく、いや、むしろ余り好きじゃない相手だったんですよ」
「好きじゃなかったのに、急に会いたくなったってこと?」
「ええ…。実は、会いたい同級生なら他に何人もいるんですよ。それが妙なんでね…。しかもあの日、帰ってから鳥肌が立つほどゾクッと嫌悪感がしたんです。会いたくもないそいつに、なぜ会いに行ったのかが分からなくて…」
「ほお、それは妙だな…。おっ! もうこんな時間か。そろそろ皆が帰ってくる頃だ。話の続きは仕事が終わってからにしよう」
「はいっ!」
 昼休みが終わりかけていた。この日は児島君が話したいことがあると云ったので、昼は売店で買ったサンドイッチと牛乳で済ませていた。それを机(デスク)で食べ、皆がいる手前、屋上で話を聞いていた訳だ。私は児島君とエレベーターで下りる途中、ふと妙な考えが浮かんだ。ひょっとすると、この一連の出来事は、すべてが私の思い描いたことによって玉の霊力を呼び覚(さ)まし、人、この場合は児島君なのだが、彼を動かしたのではあるまいか…という考えだった。怖いが、これなら話の辻褄(つじつま)が合うのだった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第六回

2010年11月01日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第六

これは、実際に一度、やった稽古の追憶を辿っての想像なのだが、無論、面防具を着けておれば自分から二人は見えないのだから、これは飽く迄も想像を働かせた仮想であった。腕が立つ、師範代の長谷川の方が、鴨下に比べれば予想が容易い。下手の鴨下は、返って突飛な動きをする可能性も捨て切れないから、むしろ、鴨下の動きの方が気掛かりな左馬介であった。消極的な守りの発想に傾きつつある自分に気づき、思わず我に返った左馬介は、全てを考えぬことにした。一瞬、妙義山中の洞窟で岩棚に座す幻妙斎の姿が眼前を過った。辺りの岩に溶けこんで一体と化し、不動岩の姿勢を崩さぬ師の残像が浮かんだのである。そして、あれこれ考えている雑念に満ちた自分の、なんと稚拙なことか…と、左馬介は自らを戒めるのだった。
 翌朝は珍しく朝霧が降りていた。二間(けん)も向うは、全く視界が開けない濃霧だった。寒さそのものは余り身に感じないのだが、陽が射さないから朝が開けきらぬ感が拭えないのである。それでも、霧が晴れだすと、陽の輝きで俄かに一日の始まりを感じる左馬介だ。濃霧は次第に薄くはなったが、それでも朝餉前の稽古時には白濁した外気が稽古場へと流れ込んできた。左馬介は独り、残月剣の形(かた)を描き続け、長谷川は鴨下の掛かりを受けている。


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