水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五十一回)

2010年11月24日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百五十一回
「四月から部長らしいんだ…」
「ワオ! すごいじゃない。次長だとばかり思ってた」
「いや、そうだったんだけどね。部長が俄かに、ああいうことになったからさ…」
「部長さんがお亡くなりになった、あと釜(がま)って訳ね」
「そういうことなんだ…」
 ママが早希ちゃんからバトンを受け取り、語りだした。
「ええ、そういうことなんですよ。なんか今一、席をぶん盗ったみたいで、気分はよくないんですけどね」
「お告げのとおりだって云ってたわよね」
「はい…。だから一度、沼澤さんに会って、お伺いしたいと思ってたんですよ」
 しみじみとママに言葉を返したその時だった。
「私なら、あなたの後ろにいますよ、塩山さん」
 私は一瞬、ギクリ! とした。というより、ドキッ! と心臓が止まりそうな衝撃を受け、後ろを振り返った。
 沼澤氏が私の背の後ろに立っていた。ママも気づかなかったのか、言葉をなくし茫然と静止して立っている。早希ちゃんだってそうで、この手の話を信じない彼女だが、この時は震えていた。いや、どう考えても怪(おか)しいのだ。店のドアは開いた形跡もないのだし、背を向けて座る私や早希ちゃんは別として、ママはカウンターに立ち、正面を向いていた。当然、ドアの開閉を見逃す訳がなかった。ママの紅潮ぎみのいつもの顔が、その時はいつになく蒼白かった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第二十九回

2010年11月24日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第二十九回

それは正に刹那と呼ぶべきもので、凡人には疾風の動きのようでもあり敏捷(びんしょう)であった。最初の木刀による一撃で、まず左の木切れを括った縄が大きく振れて遠退いた。一撃をした左馬介の体は、打ち砕いた木切れに対して即座に背を向け、右の木切れを打ち砕く。そして次の瞬間には、ふたたび体を反転させて左の木切れの反動に備え、木切れが迫れば打ち叩いた。こうして、同じ動作を繰り返す稽古が続いていった。
 幾らか、縄を長めにして木切れを吊るした左馬介の判断は正解であった。短ければ当然、反動も早くなり、それが果して対応出来るだけの余裕を左馬介に与えるかは疑問であった。左馬介は考えた挙句、取り敢えず長めにして様子を見よう…と結論した。その判断には、過去の体験が大きな助力となっていた。幸い、そう息の乱れもなく、木切れを打ち叩く強さを工夫して強弱をつける余裕も出て
きた。しかしそうは云っても、同じ繰り返しを四半時も行えば、流石に疲れる。それは体躯がそうなのではなく、針の如く研ぎ澄まさねばならない心労なのだ。云わば、連続した緊張による疲れともいえた。未だ反転して勢いを弱めない木切れの振り子運動だが、ひとず左馬介は後退りして一服の暖を取ることにした。未だ燃した枝木の灰には残り火の温みがあった。左馬介が息を吹きかけると、飛び散った灰の後に火種は消えず僅かに残っていた。


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