水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百四十三回)

2010年11月16日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百四十三回
 社葬が済んだ後、遺族とごく身近な関係者だけが葬儀社のセレモニーホールへと移動して、遺骨を前に故人の初七日の法要が行われた。どうも僧侶のスケジュールが詰まっているようで、前倒ししたらしい。もちろん、私もその中の一人で列席していた。年若な僧侶が派手な法衣を身につけ、スターのように華々しく登場し、遺族と私達関係者に軽くお辞儀をすると、慣れた仕草で木魚を叩き、読経を始めた。
「△~×~〇~▽~※~¥~、ご焼香を…。□~■~☆~◎~▲~●…」
 葬儀社の係員に促され、鳥殻(とりがら)部長の奥様と思(おぼ)しき老女が一番に焼香をした。どうやら、夫妻にはご子息がおられないようだった。焼香は当然、順調に進み、私や児島君も焼香をした。さてここで、読者の皆さんに説明を加えなければならない。私の第二課には二係があると、いつやら云ったと思うが、もう一人の係長が全然、登場しないじゃないか! とお叱りを頂戴すると思うので、ここで付け加えさせて戴く。実は、もう一人の係長は欠員で、一とニ係とも児島君が切り盛りしていたのである。このことを云っていなかったから、偉く児島君だけを贔屓(ひいき)していると皆さんに誤解を与えたと思うから、遅ればせながら謝っておきたい。
 その後しばらく読経が続く中、不意に私の背広上衣のポケットが激しく震えた。とはいえ、それは外部の者からは分からない。携帯は胸ポケットへ入れておくのだから、着信すれば胸で震えるはずで、妙だな…と思った。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第二十一回

2010年11月16日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第二十一回

左馬介は、そういえば、ここを通ったような…という気がした。当然、適当な距離で布切れを熊笹に結わえて進んだ。すると、二町ばかり進んだ所で、熊笹の群生が嘘のように忽然と消え去った。そして、目前に出現した景観は、左馬介も見覚えがある山道だった。左馬介はこの時、何気なく熊笹に分け入ったことを、ふと想い出したのである。何気なく分け入てしまった結果、我を忘れたのか…と、思えた。しかし、その何気なく分け入った機転があればこそ、結果として理想的な稽古場を探せ出せた、とも云えるのだ。左馬介は、この入口を忘れまいと、黄色の布切れを数箇所、あちらこちらと括り付けた。こうしておけば、明日、登ってきた時に見落とすことはなかろう、と思えたのである。ここからは知っている山道を下るだけだ。左馬介は下山を急いだ。別に急ぐ必要がない程、夕刻迄には未だ充分な時があった。
 左馬介が道場へ戻ったのは夕方の七ツ時であった。通用門を潜った時、丁度、円広寺で撞かれる夕七ツの鐘が鳴り止んだから、刻限を知ったのである。玄関の框(かまち)を上がり、渡り廊下を進むと、長谷川と鴨下が形稽古」をしている姿が垣間見えた。受けの長谷川は飄々と立ち鴨下の方は力を漲らせた様で臨んでいる。茶々を入れるというのも憚(はばか)られ、左馬介は稽古場を黙礼しただけで素通りした。


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