水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百三十一回)

2010年11月04日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百三十一回
「あらっ? こちら初顔ねぇ~」
 早希ちゃんはどうも年下に弱そうだった。児島君が椅子へ腰を下ろすと同時に、いつも構えているボックス席から立ち上がり、躙(にじ)り寄ってきた。ママは無言でグラスを拭きながら、時折り視線を私達に向けるだけで、お相手役を全面的に早希ちゃんに任せていた。早希ちゃんは児島君の左隣へ、やんわりと座った。
「こちら、私より幾つか下…って感じ? 違ってたら、ごめんなさい」
 いつもより猫声である。要は、少し色気の胡椒(コショウ)を振りかけた、ということだが、私にも振りかけて欲しい…とは思った。
「児島君、奢(おご)るから好きなもんを注文しろよ」
 私は少し格好よく云った。実は奢ったことなど、ここ最近なかったのである。飲み仲間とは割りカンだったし、接待は会社への伝票回しだったからだ。児島君は私と同じでよい、と云ったので、ダブルをオーダーした。キープしてあるから、そうは高くつかない…と、私はすでに踏んでいた。ふと、顔を上げれば、酒棚に飾られた玉にこれといった変化はなく、いつもの紫色がかった水晶玉の状態だった。その酒棚にママの手が伸び、ボトルが下(おろ)された。
「昼の続きだけど、どこまで話したっけ?」
「え~と、ですね。…そうそう、同級生の話でした」
「ああ、好きではないけど会いたくなった、ってとこだったね」
「なによ、それ?」
「あらっ、面白そうじゃないの」
 ダメ出しする早希ちゃんを止め、ママが話に加わった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第九回

2010年11月04日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第九

「左馬介さん、水を一杯、飲みにいっても宜しいでしょうか?」
 左馬介は丁度、息を整えて瞼を閉じようとした矢先だったから、この時は流石に、ギクッ! とした。
「…ええ、どうぞ。ちょっと、休みましょうか? 長谷川さん」
「ん? そうだな…」
 そういう積もりではなかった長谷川だが、強いて続けねばならぬ訳もなし…と、軽く応諾した。鴨下は、竹刀を刀掛けへと戻し、稽古場から出ていった。水瓶は厨房にあるのだから、厨房へ行ったことは二人にも分かる。左馬介は、面防具を外して頭を覆っている手拭いを取った。既にそれは半ば濡れていた。無論、稽古用に数枚の予備は用意していたから、汗は、その中の一枚で拭った。顔から首筋へと進め、取り敢えずは応急処置とした。冬に入ろうという時候だから、風邪は避けねばならない。長谷川は既に鴨下の後方に続いて、もう稽古場にはいなかった。左馬介は厨房へは行かず、二人と反対の方向へ、渡り廊下を曲がった。飽く迄も応急処置で終えた身体の拭きでは、どうも小ざっぱりとはしないのだ。そんなことで、井戸の冷水で身を拭おうと思ったのである。幸いにも体熱は充分で、今なら外気の冷たさも返って心地いいくらいのものだ…と左馬介には思えた。


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