水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五十六回)

2010年11月29日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百五十六回
『ようやく格好がついたようですね。お疲れ様でした…』
 私はやっとひと息つけたところで、部長席で何も考えず休んでいたところだった。
「はあ…」
『ちょっと、様子を見がてらお話しさせて戴いておるようなことです』
「あのう…、また異変とかが起きる、いや、起こされるおつもりなんでしょうか?」
『いえいえ、そうすぐには…。幾らなんでも、それでは塩山さんに悪いですからね。なんか、疲れさせているだけみたいですし…』
「いやあ、ははは…。そのとおりなんですが…」
『それでも悪いことばかりではないはずです。事実、リストラ代表の湯桶(ゆおけ)次長さんも、当面は留任なんでしょう?』
「なんでもよく御存知だ。そのとおりですがね。しかし、鳥殻(とりがら)部長が亡くなられて、私が部長に昇り、湯桶次長がそのまま留任というのは、私(わたし)的には仕事がやり辛いんですが…」
『そりゃ、そうでしょう。跳び越して昇進ですからね…。でも、その苦労もそう長くないですから安心して下さい』
「えっ! どういうことでしょう?」
『この前、云ったようなことです。塩山さん、あなたはこの会社だけの人ではないのです。日本の、いや、世界になくてはならない人だと申し上げたはずです。まあこの先、少しずつ分かって戴けるとは思いますが…』
 その時、ドアをノックする音がした。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第一回

2010年11月29日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第一回

 左馬介が道場へ取って返すとやはり千鳥屋の喜平が云った通り、幻妙斎は庵(いおり)にいた。だがその気配は、左馬介故に察知できたのであり、他の者ならば恐らく誰しも気づかなかったに違いない。それほど左馬介の心眼は鋭く研ぎ澄まされ、他の追随を許さぬ迄に向上していたのであった。
 庵は板戸が閉ざされ、足継ぎ石にも履物らしきものは見当たらなかった。だから、普通の者なら看過する風情の庵だった。それを左馬介は木戸を開け、庭へ入った瞬間に見抜いたのである。左馬介の眼にはその前の渡り廊下、障子戸をも越えて、静かに畳みに座す幻妙斎の姿が見えていた。左馬介は、ゆったりと慌てることなく足継ぎ石へ近づいた。庭木の梢が冷風に揺れ、微かな枝音を奏でる以外、静寂が支配する庵の周辺である。左馬介は、恐らく幻妙斎から声が掛かるに違いない…と踏んでいた。なにも気配を察知したのは左馬介一人ではない。師の幻妙斎が、左馬介の近づく気配を聞き逃す訳がないのである。そう思えばこそ、左馬介は足継ぎ石の手前でピタリと停まったのである。その時、やはり幻妙斎の声がした。だがその声は、気の所為か幾分、か細く左馬介の耳へ届いた。
「…左馬介であろう。表へ回り、上がるがよい。表戸は開けてある」
「はい!」


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