あんたはすごい! 水本爽涼
第百四十七回
『途中になりました。どうです? 私の霊力は。ただし、起きた不幸といいますのは、あなたにとって決して凶事なのではありませんよ。十日ばかりもすれば塩山さん、あなたにも分かって戴けるかと…』
私はポケットへ一端、戻した小玉をふたたび手にした。小玉は黄や緑色の異様な光を発して渦巻いていた。みかんの酒棚に置かれた玉が光った色彩と、まったく同じだった。どうやら、お告げが始まると、点滅を始めて光を発するようだった。
『そうです。私があなたに語りかけたとき、手にお持ちの玉は光を発するのです。それは当然で、私の霊力はその小玉へ届いておるのですから…。まあ、それはともかく、十日ばかり経ちますと、あなたにとっての吉事が会社で起こるでしょう…』
小玉の点滅する速さが次第に遅くなり、輝きも弱くなった。
「あっ! 待って下さい。私から、そちらへ連絡(コンタクト)はとれないのでしょうか?」
小玉は、ふたたび光を増して点滅を速めた。
『今はまだ無理でしょう。けれども、沼澤さんが云われたとおり、慣れていかれれば、それも可能となるでしょう』
「そうですか…。それは随分と先で?」
小玉の点滅は止まり、光は消え失せた。そして、お告げもその後、聞くことはなかった。
残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《残月剣④》第二十五回
幸いにも、鴨下はそれ以上、深く訊こうとはしなかった。そうなると、左馬介としては逆に肩透かしを食らった感が否めない。
「これから小屋へ行って、縄を用立てよう…と思っていたところなのです」
「いつか、山中でやっておられた奴ですか。首尾よくいけば、またお話し下さい。…では」
そこ迄、云うと、鴨下は着物を脱ぎ捨て、褌(ふんどし)すがたのまま湯船中へ入っていった。長谷川が入らないとなれば、後は終い湯だから、ちゃっかり最後に褌を洗ってしまおう…という寸法のように左馬介には思えた。こういったところに、鷹揚な性格が見え隠れする。一人ならば兎も角、左馬介がいることを全く意に介しない鴨下であった。
次の日、左馬介は、やはり早暁から道場を立った。妙義山の麓から続く山道に入ると、左馬介は、昨日、熊笹へ分け入った最初の寄りつきの地点を目指して進んでいった。昨日と違う点は、適した場を探しつつ進んでいないという点である。経路は充分、把握出来ているし、あちこちの熊笹に付けて下りた黄色い切り布も、そう一夜の内に消え去るとも思えないから、探し出せた昨日の稽古場には間違いなく早い内に行き着ける…と、左馬介は踏んでいた。