水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百四十六回)

2010年11月19日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百四十六回
急用だ、と児島君に叫んだ手前、このまま車を止めておく訳にもいかない。私はエンジンキーを捻(ひね)って車を発進した。会葬者は有給休暇となっているから、会社へは戻らなくてよかった。それはいいとして、お告げと小玉のその後が気がかりで、一瞬、右ポケットへ視線が走り、危うく前方の赤信号を見落としかけ、急停車した。とりあえず車を適当な場に止め、小玉の様子を見てみよう…と思った。走る道路の左前方に見慣れたA・N・Lの、ど派手な建物が迫ってきた。そうだ、この駐車場なら周りの目を気にする必要はない…と思え、私は左ウインカーを点滅させ車を店の駐車場へ入れると、右ポケットの小玉を取り出した。すると、小玉はセレモニーホールで見たような怪(あや)しげな光は出しておらず、普通の紫水晶(アメジスト)の小さな玉だった。私は、なんだ…と、がっくりした。これなら態々(わざわざ)、停車させなくてもよかったのである。私は急に力が抜け、大欠伸(あくび)をひとつ掻いた。そして、少し疲れぎみの自分に気づかされた。亡くなった鳥殻(とりがら)部長の葬儀に忙殺され、疲れなど顧(かえり)みる暇(ひま)がなかったからだった。大欠伸をしたあと、ポケットへ小玉を戻した。そして、エンジンキーをふたたび捻ったとき、この日二度目のお告げが聞こえてきた。私は瞬間、エンジンを切っていた。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第二十四回

2010年11月19日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第二十四
 柔和な笑顔でひと言、鴨下は云った。別に沸かした礼を云って貰いたくて発した言葉でないことは、左馬介が一番、よく知っている。
「いや、本当のところ、助かりました。山で身体が冷えておりましたので…」
「山? ああ、妙義山へ行っておられたので…。それならば、当然です。それで?」
 なかなか話の切り出し方が上手い鴨下である。言葉に尖りがなく、ゆったり要点を突く語り口調なのだ。剣の道では決して遅れをとらない左馬介だが、喉元へ切っ先を突きつけられるような鴨下の言葉に、完全に参った。
「まあ、何とか新しい稽古場が見つかりました」
「ほお…、それは、よかったですね」
「はい…」
 興味がないように見せて、上手く訊き出す鴨下の術(すべ)は凄腕としか云いようがない。左馬介は、話さずともいいことを口走っていた。


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