水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百二十九回)

2010年11月02日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百二十九回
 児島君の話が気になって仕事が手につかなかった私だが、それでも時は流れ去った。仕事を終え、私は前席に座る児島君を見た。彼も話し足りない、もどかしさがあったのか、仕事をいつもより早く切りあげた。課員達は波が引くように一人去り二人去りと数を減らし、十人ほどが纏(まと)めて去った後、残ったのは私と児島君の二人だけだった。年明けからようやく繁忙期が終息に向かい、私の第二課もいつもの落ち着きを取り戻しつつあった。
「よしっ! それじゃ帰るか、児島君」
 玉の霊力? による次長昇格まで三か月を切り、私は事務の引継ぎ書類などの身辺整理を少しずつ始めていたのだが、ひと区切りがついたところで児島君にそう云った。
「課長…また屋上で話しますか?」
「んっ? …いや、酒でも飲みながら話そうや。私の行きつけがある。君も今後、接待してもらう立場だから、少し慣れておくさ」
「はいっ!」
 児島君は偉く返事がよかった。日没は幾らか遅くなったが、それでも夜の訪れは、まだ慌(あわただ)しかった。監視室の禿山(はげやま)さんが、「おっ! 今日はお二人ですか…」と、例の仏様の後光のような丸禿頭を照からせ、いつもの愛想よい笑顔で声をかけてくれた。私は軽い会釈をしながら笑顔で通り過ぎ、後ろの児島君も同じ仕草(しぐさ)で私に続いた。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第七回

2010年11月02日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第七

床板は降りた霧の湿気で、いつになく濡れて冷えを含んでいた。当然、全神経を稽古に集中している左馬介だから、そんな微々たる小事は気にならないのだが、鴨下の場合は、いつもの掛かりの勢いが萎えている。足が滑らないかと気が削がれているのだ。勿論、左馬介には、そんな鴨下の姿は眼中に入っていない。そんなことがある中、時が進んで昼餉となった。そして、午後の形(かた)稽古が一通り済むと、どちらから…というのではなく、左馬介対二人の稽古模様となった。左馬介は静寂が辺りを包む中、静かに床へ座して面防具を着け、竹刀を右脇横の床へと置いた。長谷川と鴨下は、その左馬介の一挙手一投足をじっと見遣り、左馬介が両の手を膝へと運んで置き、不動の姿勢になったのを見て取ると、円周を描いて回り始めた。勿論、片手には竹刀を携え、歩みは摺り足である。鴨下の動きも、一度やっているから、最初の時ほど、ぎこちなくはなかった。左馬介は既に全神経を集中させ、微かな空気の流れと音を頼りに、二人の動きに対峙していた。
 案に相違して、最初に動いたのは鴨下であった。無論、全神経を集中している左馬介が、その動く微かな音を聞き逃す訳がない。鴨下の竹刀が振り下ろされる以前に左馬介の体は前転して起きていた。


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