幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第十九回
「ああ…、何だい?」
「実は、先ほど滑川(なめかわ)教授から電話があったのですが今、課長は席におりませんので、と申しておきましたので…」
「ほう、滑川教授が? 珍しいね、教授からとは。何だろう?」
「折り返し、お電話をさせて戴きますので、とは云っておきましたが…」
「あっ、そうなの。…社長室にいたときだな、その電話」
「はい、そうだと思います」
「分かった。もう、いいよ、かけておくから…」
岬は軽く一礼して自席へ戻った。 岬が席に座ったあと、いったい何事だろう…と思いながら、上山は受話器を握った。
「お久しぶりでございます。田丸工業の上山でございます。先生、お電話を頂戴致したそうでございますが、何用でございましたでしょう?」
「おお、上山さんか。いやあ、佃(つくだ)君が送ったマヨネーズ以降、連絡が絶えておったから、どうしてるかと思ってなあ~。佃君も気にしとったぞ」
「ああ、そいうことでございましたか。いえ、いろいろありましたもので、ついご無沙汰致してしまいまして、申し訳けもございません。その話につきましては、今夜にも改めてお電話をさせて戴きますので…。この番号で、よろしかったでしょうか?」
「いや、今日は七時頃までいるが、その後は閉めて帰るからな。自宅の電話に八時過ぎ、かけてもらえるかのう」
「はい、分かりました。では、孰(いず)れ…」
そう云うと、上山は電話を切った。課員がいる手前、ゴーステンとか中位相処理されたマヨネーズとかの話は大声では出来ないし、話すことも些(いささ)か憚(はばか)られた。上山は単純に、幽霊平林の出現と滑川教授の電話が重なると困るぞ…と思った。この段階で、家に幽霊平林が現れていることを上山は知らない。要は、詰まらない取り越し苦労なのだが…。