水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(13) 解毒<5>

2013年11月05日 00時00分00秒 | #小説

「そんなこと、私に訊(き)かれましても…」
 工藤は迷惑顔で返した。よく考えれば、確かに工藤が言うように、どう社内が変化しているかが先行き不透明なのである。分からないまま数秒、沈黙が続き、チ~ンと音がした。続いて静かにドアが開き、二人はエレベーターを降りた。
「とにかく、お前は専務室へな。俺は社長室だ!」
「はい!」
 緊張した声で工藤が返し、二人は別れた。まるで、ビルへ突入した特殊部隊だ・・と篠口は、しばらく前に見た映画を思いだしていた。
 篠口が社長室へ入ると、秘書室長の山崎茉莉(やまざきまり)がいた。
「おはようございます、社長」
 一、二度、出会った記憶はあったが、名前は知らなかった。篠口は名札をジッと見た。
「どうかされましたか?」
「い、いや…なんでもない。それより川辺社長…いや、川辺君は?」
「川辺? …でございますか? …あのう、社の者でございましょうか?」
「あっ! いや、間違えた。なんでもない。いいんだ、いいんだ…」
 篠口は慌てて取り消すと、社長席へドッカ! と座った。昨日までの課長席とは数段、心地よかった。社長って・・こうなんだな…と少なからずテンションが高まった。
「今日のご予定は、十時から取締役会、正午から帝都ホテルで鈴木グループの鈴木会長との会食、その後、懇親会が予定されております」
「…懇親会?」
「いつものゴルフ場でございますが…」
 茉莉は怪訝(けげん)な表情で篠口の顔を窺(うかが)った。篠口としては、それ以上、訊けなかった。社長なら当然、知っているからだったが、ゴルフはグランドゴルフを青年会で齧(かじ)った程度の篠口なのだ。
「今日は体調がすぐれん。懇親会は日延べさせてもらうよ。そう、連絡しておいてくれたまえ」
 咄嗟(とっさ)に出た自分の言葉ながら、上手い! と篠口は、ほっとした。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする