「そんなこと、私に訊(き)かれましても…」
工藤は迷惑顔で返した。よく考えれば、確かに工藤が言うように、どう社内が変化しているかが先行き不透明なのである。分からないまま数秒、沈黙が続き、チ~ンと音がした。続いて静かにドアが開き、二人はエレベーターを降りた。
「とにかく、お前は専務室へな。俺は社長室だ!」
「はい!」
緊張した声で工藤が返し、二人は別れた。まるで、ビルへ突入した特殊部隊だ・・と篠口は、しばらく前に見た映画を思いだしていた。
篠口が社長室へ入ると、秘書室長の山崎茉莉(やまざきまり)がいた。
「おはようございます、社長」
一、二度、出会った記憶はあったが、名前は知らなかった。篠口は名札をジッと見た。
「どうかされましたか?」
「い、いや…なんでもない。それより川辺社長…いや、川辺君は?」
「川辺? …でございますか? …あのう、社の者でございましょうか?」
「あっ! いや、間違えた。なんでもない。いいんだ、いいんだ…」
篠口は慌てて取り消すと、社長席へドッカ! と座った。昨日までの課長席とは数段、心地よかった。社長って・・こうなんだな…と少なからずテンションが高まった。
「今日のご予定は、十時から取締役会、正午から帝都ホテルで鈴木グループの鈴木会長との会食、その後、懇親会が予定されております」
「…懇親会?」
「いつものゴルフ場でございますが…」
茉莉は怪訝(けげん)な表情で篠口の顔を窺(うかが)った。篠口としては、それ以上、訊けなかった。社長なら当然、知っているからだったが、ゴルフはグランドゴルフを青年会で齧(かじ)った程度の篠口なのだ。
「今日は体調がすぐれん。懇親会は日延べさせてもらうよ。そう、連絡しておいてくれたまえ」
咄嗟(とっさ)に出た自分の言葉ながら、上手い! と篠口は、ほっとした。