水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(13) 解毒<17>

2013年11月17日 00時00分00秒 | #小説

 次の日の朝七時、篠口は玄関チャイムで起こされた。ドアレンズを覗(のぞ)くと、屈強なSP(セキュリティポリス)風の男が2名と手提げの黒カバンを持った背広服の若者が一人、立っていた。
「総理、お迎えに参りました」
「あっ! ああ…、しばらく待ってくれたまえ」
 篠口の口からスムースに言葉が出た。これはあの日の朝と同じだ。だとすれば、俺は総理か? と、篠口はネクタイを締めながら巡った。そのとき、待てよ! このサイクルは繰り返されてるぞ、と篠口は気づいた。確かに、出来ごとはその時々で変化したが、一定のサイクルで課長→社長→総理→課長と循環していると気づかされたのである。迎えの男が総理秘書官の藤堂だとは、すでに分かっているから、篠口としては少し落ち着けた。
「待たせたね…」
 篠口は前回とは違う余裕の言葉も自然と言えた。マンション前に止められた高級車はその数分後、滑らかに総理公邸を目指し発進した。
 総理公邸へ着くと、篠口はすぐ工藤を呼んでくれるよう、さっそく藤堂に命じた。多少、厚かましさも増していた。篠口の心中では、工藤が官房長官であることはすでに確定できていたからだ。
「かしこまりました…」
 藤堂は携帯を手にすると、すぐに指示を出した。篠口には分からなかったが、他にも数人の秘書官がいるようで、その者達に連絡を入れて指示したようだった。
 しばらくして工藤が公邸へ到着した。
「君、すまないが二人だけにしてくれ」
 工藤が現れると、篠口は藤堂を遠ざけた。藤堂は軽く黙礼し、退席した。
「課長!」
「おい! 総理だぞ、今の俺は」
 篠口の顔に少し余裕の笑みが零(こぼ)れた。
「そうでした、つい、うっかり…。どうも、ややこしくていけませんね」
 工藤はボリボリと頭を掻いた。


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