朝、編集部のドアが開き、後輩部員の下田と本郷和也(ほんごうかずや)が入ってきた。
「あれっ? キモさん、いねえぞ? お前、知らねえか?」
「知る訳ねえだろ! 俺、今、来たとこだぜ」
本郷が不機嫌な声で返した。
「それも、そうだな…」
下田は買ってきた袋を木本の席へ置き、辺りを見回して呟(つぶや)いた。木本はすぐ傍の席にいた。
『おいっ! シカトかっ!? 俺は、ここにいる!』
木本としては面白くない。冗談半分の完全無視としか考えられなかった。
確かに、木本は木本のデスクに存在していた。だがその姿は、木本にしか見えなかった。他の部員達の目には空席の木本のデスクが映っていた。
「ははは…、パタン、キュ~~じゃねえか? キモさん、ここんとこ徹夜だろ?」
本郷が対面席の下田に言った。
「ああ、そうか…。そのうち電話が、かかってくるか。今日、明日、休みます・・ってか? はっはっはっ…」
笑いながら下田はデスクスタンドの灯りをONした。パッ! と机が明るく映えた。
「待てよ! 怪(おかし)かねえか…」
下田は木本のデスクスタンドが灯っていることに気づいた。
「なにがよ?」
俄かに険しい表情になった下田は、木本のデスクスタンドを指さした。本郷も分かったのか、顔を険しくした。
『お前らっ! 馬鹿言ってんじゃねえ! 俺は、ここにいるっ!』
木本は必死に訴えるような大声をあげた。だが、二人の反応は何もなかった。
「まあ、編集長が来てからだっ!」
本郷は空(から)元気な声を出した。