「そうだな。電話待ちってことで…」
二人は、互いの仕事をやりだした。そのとき、ふと、木本は浮かんだ。そうだ! 電話だ! と…。目の前の電話を手にした。そして、編集部の番号を押した。すぐ、本郷の席の電話が鳴った。
「おっ! キモさんか…」
本郷は受話器を手に取った。
『おい、本郷か。俺は、ここにいるぞ!』
木本のは必死に訴えた。
「ここって、どういう意味です?」
『ここは、ここだ! 編集部だっ!』
「ははは…ご冗談を。今、下田に…。おい! 下田」
本郷は下田に振った。
「かわりました。キモさん、下田です。どうされました?」
『どうもしてねえよ! 俺は、お前の横にいる!』
「えっ!? 誰もいませんが…」
『いる! 俺は!』
「… …」
声を失った下田の顔は恐ろしさで次第に青白くなっていった。
「どうした、下田!」
対面席の本郷は、受話器を握りしめたまま震えて立ち尽くす下田へ声を投げた。下田は震える指で木本のデスクを指さした。
「ああ、キモさんだろ? そのうち電話が入るさ」
能天気な本郷の声に、下田は受話器を指で示した。
「えっ? なんだ、電話はキモさんからか?」
下田は黙って頷(うなず)いた。
「どうしたんだよ…。俺が変わる!」
本郷は自席の受話器を手にした。下田は内線の切り替えボタンを押した。
『本郷か! 俺だ』
「ああ、キモさん。おはようございます。どうかされました? 今、どこです?」
『馬鹿野郎! 俺は、ここにいる!』
「えっ?! どこです?」
『お前の斜め前の席だ!』
「… …」
本郷の顔の表情が一瞬で変化した。本郷の視線の先にはデスクライトに照らされた誰もいない木本のデスクがあった。もちろん、内線の受話器も置かれたままだった。座ることを忘れた下田は唖然(あぜん)としたまま、まだ立っていたが、ふと、下田の椅子の上を見た