水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(13) 解毒<7>

2013年11月07日 00時00分00秒 | #小説

「お待たせしました…」
 篠口は歩き始めた。篠口の前方に1名、後方に1名のSP風男がいかめしくガードして歩く。篠口の右横には藤堂がいて、歩調を合わせる。
「もっといつものようにお威張り下さい。今日の総理は少し怪(おか)しいですよ?」
 藤堂はニンマリとした。俺が総理で、いつも威張っているだって…。篠口は現実から乖離(かいり)した展開に、思わず笑い転げた。前後の男はギクッ! と驚いて歩を止め、藤堂も停止して篠口を窺(うかが)った。 
「ど、どうかされましたか?! 総理!」
「いや、失敬。なんでもない。ちょっと想い出したことがあったんだ…」
 篠口は、なるに任せるしかないな…と半ば諦(あきら)めた。
 やがて、連れていかれた・・と表現していい状況で高級車の後部座席に乗せられた篠口は、車中の人となった。横に添乗する藤堂は終始、押し黙っている。そのとき篠口にまた、一つの疑念が甦(よみがえ)った。
「総理って、公邸住まいじゃなかったのかな、普通は…」
「えっ? ああ、そのことですか。幽霊は嫌だから引っ越さないって言ってられたじゃないですか。私と一緒に住もうってご冗談も…」
 俺、そんなこと言ったか?・・とは返さず、篠口は黙って頷(うなず)いた。
「ああ、そうだったね…」
 車は永田町界隈へ入り、速度を幾らか落とした。
「まもなく公邸です」
「私はどうしたらいいの?」
「いつものように公邸でしばらく、ゆったりして戴いて、首相官邸へお送りさせて戴きます。その後は、総理のご意向のままに。官房長官とご相談を…」
「ああ、そうだよね」
 秘書官の藤堂は一瞬、顔をそむけ、これが総理か? という不信の表情を露(あら)わにした。


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