一時間後、二人はフリーズにいた。
「課長、僕達は大丈夫なんでしょうか?」
「そんなこたぁ~、私が訊(き)きたいよ。今の流れで生きてくしかないじゃないか」
「それはそうなんですが、いつあの世界に戻らされるか、と考えると、僕は不安なんです」
「それは私だって同(おんな)じさ」
「いったい、なぜ僕達だけがこうなったんでしょうね?」
工藤は空(から)になったコーヒーカップを啜(すす)りながら言った。
「分かりゃ苦労しないよ…。まあ、平凡に毎日を送るしかないか」
「…ですね。当たり障(さわ)りなく…」
「無事に元へ戻ったんだから、今のところ何もなかったときと同じだ」
「そうでしょうか? なんか、課員達が洗練されたように僕には映るんですが…」
「洗練された?」
「ええ、毒が抜けたというか…。仕事もノルマ制が消え、テキパキと熟(こな)しますしね。なんか、今までのダラつき感が全然、ないんですよ」
「毒が抜けたか、ははは…。いや、そういや、そうだなあ。俺達を苦しめた、あのノルマ制がない。いつ消えたんだ? そうか…別世界にいた間にか」
篠口は思い当たる節(ふし)があった。だが結局、自分達が別世界へ紛(まぎ)れ込んだことと課員達が解毒され洗練されたこと、そして仕事のノルマ制が廃止されていたことの三つの謎(なぞ)は拭(ぬぐ)えなかった。コーヒー一杯で散々、語り合った挙句、結論が出ないまま二人は別れた。
次の日は何事もなく、一日が終わった。そしてまた次の日が巡った。
「おはようございます、社長! お早いですね? お車は?」
出勤した篠口がエントランスへ入ると課員の平林羊一が声をかけた。状況は数日前の朝とまったく同じだった。篠口は呆然(ぼうぜん)とし、心が真っ白になった。