水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(13) 解毒<11>

2013年11月11日 00時00分00秒 | #小説

「軽率だったな。だが、これで判明するぞ、現実離れした世界のすべてが…」
 篠口はトーンを下げて、前に座る係長の工藤に言った。
「はい…」
 工藤は机の書類に目を通しながらの姿勢で、そう返した。
「ただいま、秘書室の山崎から特別応接室の方へ藤堂専務をお通しした、とのことでございます」
 ふたたび、平林が課長席へ近づいて言った。山崎? …聞きおぼえがある名だ、と篠口は思った。
「秘書室長の山崎茉莉君か?」
「えっ? 山崎は今年の入社でございますが…」
 平林は訝(いぶか)しげに篠口を見た。秘書の山崎は存在するか・・ただ、秘書室長ではなく新入りの秘書として…。篠口は頭が混乱しそうだった。
「課長、お待たせしては…」
 考え込む篠口に工藤が忠言した。
「分かってる…」
 篠口は課長席を立つと特別応接室へと向かった。
 篠口が特別応接室のドアを開けると、応接セットのソファーに座る藤堂の後ろ姿が見えた。
「いや、どうも…。お待たせしました!」
 篠口は早足で藤堂の正面へ回った。その顔は、やはり秘書官の藤堂だった。一瞬、躊躇(ちゅうちょ)した篠口は、冷静になろうと自(みずか)らに言い聞かせながら藤堂の対面の椅子へ腰を下ろした。
「お初にお目にかかります。私、このたび着任いたしました開成銀行の藤堂です…」
 そう言いながら藤堂は、背広から名刺入れを取り出し、その一枚を篠口に手渡そうとした。篠口も背広から名刺入れを取り出し、二人は同時に名刺を交換した。おいおい、お前は首相秘書官じゃなかったのか? とは思ったが言えず、篠口は[開成銀行・専務取締役]と印字された名刺を見た。


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