「なんだ! おいっ! あいつ、点けっぱなしで帰ったのか。消しとけ!」
不機嫌っぽく垣沼が誰に言うともなく言った。下田は黙ってデスクスタンドをOFFった。それと同時に木本の意識も絶えた。
次の朝が巡ったとき、木本は車の中で眠っていた。コンコン! とドアガラスを叩かれ、目覚めた。社の駐車場だった。目を擦(こす)ると、ガラス越しに下田の姿があった。
「おはようございます、キモさん!」
デスクに顔を伏せ眠ったつもりだった。いや、それは夢だったのか…。現実の木本は、やはり家へ戻ろうと車へ乗り込んだ。そこで眠気に負け、意識が遠退いたのだ。そして、夢を見た…と木本はぼんやりと思った。
「早く入らないと、編集長にどやされますよ!」
「あっ! ああ…。今日は何日だ?」
「18日ですが、それが?」
「いや、なんでもない」
18日に徹夜したから、今日は19日のはずだった。一日が消えていた。木本は急いで車を出ると、下田とともに駐車場を抜けエレベーターに乗った。編集部の中に人の気配はなく、まだ、本郷は来ていなかった。不思議なことに、木本のデスクスタンドは点きっぱなしで、置いたはずの原稿はなかった。そして一匹の蝉がデスク椅子の上で時計回りに、のっそりと円弧を描いていた。
THE END