「口にしたことが現実になる、っことですか? それって、僕と課長だけなんでしょうか?」
「それは分からんが、誰かに聞こえてんのか?」
「だとすれば怖い話ですよ。それに、どうすりゃ元に戻れるのかが分かりません」
工藤は、次第に怖(おそ)ろしくなっていた。このとき、二人は自分達が未知の見えない力で解毒されていることを、まだ理解していなかった。未知の見えない力・・それは、地球に秘められた科学では解き明かせない宇宙神秘の解毒作用だった。なぜその現象が、篠口と工藤にだけ生じたのか…それが不思議だった。訳が分からないまま、二人は別の世界に存在していた。
「とにかく平静を装って、この世界で生きるしかない。今の君は係長じゃなく専務だからな」
「分かってます。こちらの方がポスト的には有難いんですけどね」
「それに、仕事も楽だしな」
篠口がそう返したとき、秘書室長の山崎茉莉が社長室へ入ってきた。
「社長、鈴木会長がご都合をお訊(き)きでございますが。いかがいたしましょう?」
「えっ? 何の都合だい?」
「ご冗談を。もちろんゴルフの懇親会でございます。この前、体調が悪いとお断りになったじゃございませんか」
茉莉は怪訝(けげん)な表情で篠口を窺(うかが)った。
「あっ! そういや、そうだったね。…腰痛で当分、無理だと言っておいてくれ」
「かしこまりました…」
茉莉は社長室を出ていった。ゴルフをやったことがない篠口は危なかった…と、ほっと胸を撫で下ろした。
「いやぁ~、前言取り消しです。楽そうでもないですね。僕も気をつけないと…」
工藤がポツリと言った。
「ああ、そうみたいだ。ゴルフか…、やっときゃよかったよ」
その日は前回の馴れもあり、篠口も工藤も、少し楽に社長と専務を演じて終えた。