そのとき篠口は工藤のことを考えていた。恐らく、この流れで行けば、奴が官房長官じゃないか、と…。
やがて車はスムースに公邸前へ横づけされた。
「官房長官は工藤だったな?」
「はい、そうですが…」
藤堂はふたたび、不信な表情を露(あら)わにし、篠口を見た。
「ははは…最近、健忘症ぎみでな。ド忘れすることが多いんだよ。一度、医者に診てもらわんといかんな」
「それは剣呑ですね。お大事になさって下さい。日本にとって、大切なお身体なんですから」
「ああ、ありがとう」
篠口はそう返すしかなかったが、当てずっぽうの予想は、やはり的中していた。工藤が長官か…。はて、これからどうする…。なるに任せるしかないか…と、篠口はテンションを下げた。解決の糸口が見つからないのだから仕方がなかった。
ここは首相官邸である。内閣総理大臣となった篠口はテレビカメラと取り巻き連中に囲まれ官邸内に入ったあと、四階の閣議室へと直行した。閣議が迫っていますと補佐官の二宮に促されたからである。篠口としては、その前に工藤に会っておきたかったのだが、二人きりになる場は公式の場では不可能に近かった。余りにも周囲に人の気配が多過ぎたのである。
篠口が閣議室に入ると、すでに閣僚は取り囲むように着席していて、テレビのニュース画面で見た映像が再現された。フラッシュが光り、篠口は中央へ座った。閣僚メンバーは一面識もない連中ばかりだった。ただ一人、官房長官らしい工藤だけがニヤリとして軽く頭を下げた。篠口の頭は白紙で、何を語っていいのかもまったく見当がつかなかった。なると、ままよ! とドサッ! と椅子に座ると、篠口は日常、思っている自論をぶちあげた。各社マスコミが室内から撤収した直後である。
「君達、どう思ってるんだ! 日本はこのままでは破綻(はたん)するぞ! 今こそこの国を、解毒せねばならんのだっ!」
篠口はすでに総理になりきっていた。演じている気持も失せ、普段の思いの丈を吐露していた。