ウイルスが世の中を『ウイルス、ウイルスっ!』と叫びながら走り回っている。ウイルスが観える星岡は、「また、走ってやがるっ!」と独りごちた。通行人が、…? と辺りを見回したあと、星岡をジロリと一瞥(いちべつ)し、通り過ぎていった。星岡は一瞬、しまった! と思ったが、もう遅い。なにせ、対向する人は自分以外、他にいないのだから、妙な人だな…と思われても仕方がなかった。それでも星岡は、ウイルスがどこへ向かっているか? が知りたい衝動(しょうどう)にかられていた。
「よしっ! どこへ向かっているか、つけてやるっ!」
星岡は、一端(いっぱし)の刑事にでもなったように呟(つぶや)くと、ウイルスが走っていった方向へと速足(はやあし)で歩きだした。『感染しますよっ!』と忠告する心もなくはなかったが、『かまわんっ! 近づけるだけ、接近しろっ!』と、敵艦隊を双眼鏡で見る艦長にでもなったように、また独りごちた。
しばらくすると、ウイルスは別のウイルスと、なにやらゴチャゴチャと話をしている。耳を欹(そばだ)てると、『兄貴(あにき)っ! どうもヤバいですぜっ!』と報告をしている。
『どうしてだっ!!』
『世の中がワクチンづいてやすぜっ!』
『そうか。はっはっはっ…、まあ、心配するなっ! 手は打ってあるっ!』
『と、言いやすとっ!?』
『新型が、ちゃ~~んと準備してあるんだっ!』
『変異の兄貴ですかいっ!?』
『フフフ…、ヤツじゃねぇ~やっ! もっと荒手(あらて)の新入りよっ!』
『そうですかいっ! そりゃ~楽しみだっ!』
『誰も気づいちゃいねぇ~だろっ!?』
『へいっ! 今のところは…』
二匹のウイルスは、星岡が秘(ひそ)かに耳を欹てているとも知らず、暗く嗤(わら)った。
「フフフ…俺がいるがな」
星岡は小さく呟くと、明るい顔で笑い返した。
何事にも、上には上がいる訳である。^^
完