いつまで経(た)っても戻(もど)らない谷底(たにそこ)に、山上(やまがみ)はイラついていた。これなら、自分で行った方がよかったな…という気持も湧いてきていた。腕を見れば、すでに午後2時を回っていた。山上は、いい加減にしろっ! と、誰もいない野原に腰を下ろし、怒鳴(どな)っていた。
コトの発端(ほったん)は、予想外のハイキングコースにあった。予定したルートの地図上では、この付近に食べられる店が出ているはずだった。それが、無かったのだ。いや、あることはあったのだが、すでに閉じられていて、廃墟(はいきょ)と化した店だった。二人は、空いた腹を抱え、どうしたものか…と思案した。
「俺が近くの家で訊(き)いてくるよ…」
谷底がそう言って消えたのが2時間ばかり前だった。「ああ…」とは言ったものの、山上とすれば、すぐ戻ってくるだろう…の軽い気分だったのだ。それが2時間である。他人まかせにした自分がいけなかった…と後悔(こうかい)しながら、山上はついに動くことにした。他人まかせにしなければ、行動はすべて自分がやっているのだから腹が立たない。失敗は自分の失態だから、他人に腹を立てることもなくなるのだ。動きだした山上は、急がば回れか…と、古くからある格言を思い出した。
歩きだして15分ばかりが経ったとき、山上の眼前に一軒の食事が出来そうな店が現れた。山上は躊躇(ちゅうちょ)することなく店へ飛び込んだ。
「いらっしゃいっ!」
店奥から気分のいい声がかかった。山上は店内を見回して適当に座ろうとした。と、そのとき、ウデェ~~っとした赤ら顔で鼾(いびき)を掻きながら畳席で眠っている一人の男を山上の目が捉(とら)えた。男は、待てど暮らせど戻ってこなかった谷底だった。谷底が横たわる机の上には食べ終えた料理と酒やお銚子が並んでいた。こいつっ!! と山上は腹を立てたが、時が経つに従い、そんな自分が情けなくなってきた。
「こいつと同じものをっ!!」
山上は店主にオーダーしていた。
「へいっ!」
一時間後、山上は谷底の隣りで大の字になり赤ら顔で眠っていた。何ごとも他人まかせにせず自分でやることが、好結果を得る早道(はやみち)となる。
完