上手(うま)い言い回しに、場合によっては…というのがある。この言い回しが使われる場合は、場合によっては刺し違える・・とか、場合によっては…する・・といった風に、少し威圧的に恐怖感を臭(にお)わせる場合が多い。
「皹皮(ひびかわ)君、誠に言いづらいんだが、場合によっては今月までということになるかも知れん。そこのとこ、よろしく頼むよ」
人事課から回った書類を見ながら、課長の魚乃目(うおのめ)は派遣社員の皹皮に、そう伝えた。
「分かりました。どうせ、そう長くないだろう・・とは覚悟しておりましたので…」
「そうか! まあ、そういうことで…」
了解を得た魚乃目としては、やれやれである。ところが、それは甘かった。皹皮は、抜け目がない男で、したたかだった。
「それはいいんですが、そうなれば、場合によっては課長のアノことをばらしますから…」
「なにっ! 私がどうしたって言うんだっ! アノことって、いったいドノことだっ?!」
「フフフ…いやだな、課長。アノことですよ」
皹皮はニヒルに嗤(わら)うと、女形(おやま)の仕草をして見せた。瞬間、魚乃目にピン! と閃(ひらめ)くものがあった。
「そ、それは困るよ…。プライべートと一緒にされちゃ、かなわん」
「私にとれば、死活問題なんですよっ!」
「わ、分かった。なんとか私から頼んでみるから…ひとつ!」
魚乃目は皹皮の目の前へ両手を合わせ、神仏に祈るように目を閉じた。
「はい…。頼みましたよ」
「ありがとう!」
次長への昇格が本決まりになる瀬戸際の魚乃目としては、ふたたびのやれやれ…だった。
翌月、課の同じ席に二人の姿があった。皹皮は派遣を解かれず、魚乃目は次長昇格を見送られていた。場合によっては・・は、場合によっては怖(こわ)い言い回しになるのである。
完