水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑える短編集 -56- 少しの違い

2022年05月11日 00時00分00秒 | #小説

 人の言葉は、そのときの感情の持ちようで少しの違いを生む。それは、いい場合もあれば悪い場合もあり、送り手と受け手の双方に言える。
「ははは…まあ、いいじゃないですか」
 ある人Aは、にこやかな顔でそう慰(なぐさ)めた。
「いいじゃないかっ!」
 またある人Bは少し怒り口調で窘(たしな)めた。
 二人は同じ場所に存在してはいたが、同じ日時ではなかった。Aが存在した日は前日で、Bは翌日、その場所に存在したのである。二人の言葉をその場所で受けたのは、同じ人物Cだった。前日のA→Cの場合、Cは気分よかったから、軽くAへ頭を下げたのである。
「そうですね、ははは…」
 Aは自分も軽はずみだったな…と自戒した。
 一方、翌日のBの場合、Cは少しムカッ! とした。その腹立たしい気分はその場ですぐ消え去ったが、しばらくすると怒りへと変化して噴き出した。
「いいことがあるかっ! 馬鹿っ!」
 CはBへ怒りながら返した。
 二人の送り手によって、受け手はこれだけの差を生じるのである。こうなれば、もはや少しの違いどころではなくなり、大きな違いとなるから恐いものである。
 今の地球上で起っている諸々(もろもろ)の出来事もBのような少しの違いから生まれているのかも知れない…などと思いながら、ある人Dは美味(うま)そうに鰻重(うなじゅう)を頬張(ほおば)り、ついうっかり食べ急ぎ過ぎて咽(むせ)た。

                    完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする