水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑える短編集 -61- 見せる

2022年05月16日 00時00分00秒 | #小説

 女子は見せる・・という行為に拘(こだわ)る。男子の場合を考えると、拘る者もいるにはいるが、概(がい)して無頓着(むとんちゃく)な人物が多い。同じ衣類を洗濯しながら数年に渡り傷(いた)むまで着続ける・・という剛(ごう)の者も結構いるのだ。まあこれには、衣類とか化粧品に余り金をかけたがらない・・という男子独特の習性のようなものがあるのかも知れないのだが…。
「これなんかどうかしら?」
「そうですねぇ~。お嬢様なら、こちらの方がお似合いかと存じますよ…」
 若い女性店員は、近くに吊(つ)るされた少し値段が高いドレスを笑顔で示した。
「そうかしら…。じゃあ、これを」
 若い女性客は、[お嬢様]と言われたことに気分をよくしたのか、即決した。店員としては、上手(うま)く売れたわっ! …くらいの気分で、似合ってない、似合ってない! …が本心だ。これが商売というものである。女性の見せる・・という虚栄(きょえい)心をそそる、同性ならではの上手い買わせ方だった。
 店員が若い女性客から代金を受け取り、箱へドレスを収納しようとした、そのときだった。
「待って! これ、着て帰るわっ!」
「あっ! そうなさいます? では、こちらで…」
 店員は着がえ場所を手で指(さ)し示した。そう言った店員だったが、内心は、今の方がいいのに…である。だがそうは言わずに心に留め、店員は笑顔を若い女性客へ向けた。これも商売である。
「ありがとうございましたっ!」
 しばらくして、店員の明るい声に送られ、若い女性客は気分よく店を出ていった。高額を支払い、なおかつ、多くの人に似合ってもいないドレスを見せるためである。

                    完


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