水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑える短編集 -73- 反逆者

2022年05月28日 00時00分00秒 | #小説

 世の歴史には必ず、反逆者が登場する。ここにそれらの人々の名を列挙(れっきょ)するつもりはないが、これらの悪者と呼ばれる人々にも一理がない訳でもない。その時代時代が生み出す一種独特の時代背景がそれらの人々を反逆者へと仕立て上げるのである。この風潮は、現代社会においても当然、生じている。
 牛毛(うしげ)食品の肉挽(にくびき)は朝から落ち着きがなかった。というのも、豚足(とんそく)食品が密かに進めている牛毛食品の吸収合併工作・・と言えば聞こえはいいが、会社乗っ取りにも近いM&Aの片棒を担(かつ)がされていたからである。早い話、反逆者として豚足食品のスパイに成り下がっていたのだ。もちろん、肉挽にも疚(やま)しい心が湧かなかった訳ではい。入社して30年、同期入社の者達は全員、部長や次長クラスに出世しているというのに、肉挽だけは、なぜか係長にもなれず、主任に甘んじていたのである。コレ! というミスをした訳でもなく、会社には相応の貢献をしてきたはずだった。本来ならば当然、肉挽は同期社員並みに出世していてもよかったのである。それが、主任だった。ただ、それだけが反逆者となる引き金にはならなかった。そういう立場にいる肉挽を密(ひそ)かにターゲットにしたのは、豚足食品の人事部情報課から放たれた波牟(はむ)だった。
 その後、着々と豚足食品のM&Aは進んでいった。それもそのはずで、肉挽の情報がすべて波牟に流れたのだから必然だった。ところが、M&Aが実行に移される数日前、肉挽は牛毛食品にM&Aが実施される事実を記(しる)した一通の封書を残し、忽然(こつぜん)と姿を消したのである。
 肉挽は、民地(みんち)海岸の波頭に立っていた。
「ぅぅぅ…俺は反逆者にはなれないっ!」
 肉挽はミンチにもハムにもならず、美味(おい)しく食べられた。

                    完


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