勤務休みの朝、長足は応接椅子に座りながら、さて、今日はどうするか…と、あれこれ考えていた。
「お父さん、お豆腐と油揚げ、多川さんとこで買ってきて下さらないっ」
妻の美登里がキッチンから出さなくてもいいのに顔を出し、そう言った。長足は、コレ! といった予定はまだ考えていなかったから断る理由がなかった。
「ああ、いいよ…」
まあ、散歩がわりに行くか…くらいの気分で長足は軽く応諾(おうだく)した。多川豆腐店は古くからある近所の豆腐屋で、多川が生まれてときにはすでにあったから、思えば随分長い付き合いだな…と、5分ばかりの細道を歩きながら長足は思った。
「へい! いらっしゃい! 長足の旦那、今日は?」
「そうだね、絹ごし一丁と油揚げを五枚」
「へいっ!」
この店の油揚げは絶品で、焼いた油揚げに少しのお醤油をかけ、熱々のご飯でいただけば、これはもう数杯は御膳が進んだのである。
買って帰る道すがら、長足は、さて、これからどうするかだが…と考えたが、決まらないまま家へ着いた。すると、美登里がまた声をかけた。
「お父さん、何かすることある?」
「んっ? いや、別に…」
唐突(とうとつ)にそう言われれば、そう返すしかない。
「じゃあ、お風呂掃除、お願いします」
「ああ…」
長足は浴室の掃除をする破目に陥(おちい)った。まあこれも決めていないのだから仕方がなかった。
そして、長足がようやく浴室の掃除を終えたとき、もう昼前になっていた。
昼を過ぎ、さて! と長足が心を勇(いさ)ませたとき、また美登里のひと言がきた。長足はさすがにムッ! とし、またかっ! と美登里をギロッと見た。
「なんだい、次ぎはっ!」
「私、これからお友達との会食があるの。だから、お買いもの頼むわ」
「ああ、はいはい!」
長足は完全に意固地になっていた。
買物から帰り、インスタント・コーヒーを啜(すす)りながら、あれこれ考えるもんじゃないな…と長足は思った。
世事は、あれこれ考えているうちに、あれこれなるのである。
完