今では、人間社会で使われなくなった刀(かたな)や剣(つるぎ)だが、真剣勝負という言葉だけは生きていて、現代でもよく使われている。
[株]波川物産の応接室である。嘘川(うそかわ)と水根(みずね)は契約を巡り、丁々発止(ちょうちょうはっし)の駆け引きを展開していた。どちらも会社の命運を握っており、まさに真剣勝負だった。嘘川は波川物産の、水根は土穴(どあな)総商の代表で、どちらも会社のエースとして、契約のため特別に社内から選抜された代表・・という点でも、立場がよく似ていた。波川側は製品の単価@を¥11,900に、土穴側は@¥12,900で、という方針だった。
「いや、これ以上は…」
嘘川は手を横に振った。
「いやいや、私どもとしては、そうしていただかないと…」
水根は腕を組みなおした。
「いやいやいや、すでに決まったことですから…」
嘘川は、手を横に強く振った。二人は対峙(たいじ)して真剣勝負をやっていた。剣道でいえば相手へ打ち込める隙(すき)を狙(ねら)い、柔道ならば相手にかけて倒せる技を狙う・・と言ったところだ。もちろん、他の競技のように、得点、ゴール、タッチダウン・・などといった狙いでもあった。
朝始まった交渉は、食事、休憩を挟(はさ)んで長時間に及び、すでに外は漆黒の闇と化していた。
「私は帰るから、なにがなんでも頼んだよ…」
部長の多地井(たちい)は嘘川にそう言うと、攣(つ)れなく楚々と帰っていった。残された嘘川としては、おいっ! お前は残れよっ! くらいの気分である。一方の水根にも同じ状況があった。
『私からの連絡は、今日はこれまでだ…。水根君、あとはよろしく頼む』
『部長!』
部長である倉茂(ぐらも)からの最後のスマホでの連絡だった。
朝が白々(しらじら)と明けようとしていた。二人は真剣勝負をしたまま、いつの間(ま)にか真剣に眠っていた。
完