水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 代役アンドロイド 第176回

2013年04月20日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第176
回)
「教授におんぶ、か」
『保にしては上手いこと言うわね。そう、それ! おんぶにだっこ、のおんぶよ』
「俺は全然、知りません・・で通してくれるかなあ?」
『知らないものは訊(き)けないでしょ?』
「そりゃまあ、そうだが…」
 沙耶にその気にさせられながら、保はリビングの椅子に腰を下ろした。沙耶のボランティア活動も、この分なら当分、無理だな…と保は落胆した。しかし、沙耶のことがマスコミに知れた訳ではなく、直接の影響は保のマンション周辺までは及んでいないのだ。そう思えば、沙耶が言ったとおり、教授におんぶ、でやるしかないか…と思えた。後藤や但馬は、マスコミにチヤホヤされて有頂天なのだが、保はそんな気分ではなかった。すっかり萎(な)えて新聞を手にすると、一面トップに自動補足機の関連記事が見えた。記事には二枚のカラー写真が付けられていた。その一枚は山盛教授の満面の笑顔の写真で、もう一枚は昨夜、記者会見した四人が並んで座る写真だった。小さく写ってはいたが、当然、その中には保もいた。
「ああっ! …新聞のトップに出てるぜ!」
 溜め息混じりに保は声を出した。
『大丈夫よ。今の日本人は飽きっぽいから、すぐ忘れるわよ』
「いつまでも付き纏われりゃどうする?」
『そのときは休めばいいじゃない、体調不良だと言って』
 保は無言で立つとバスルームへ向かった。言わないでも沸いていることは分かっていた。経験則である。帰れば、風呂の準備が必ず出来ていたからだった。バスルームへ入ると、やはり準備はOKだった。保は疲れた気分を癒そうと、浴槽に身を深く沈めた。しばらく湯舟に浸かっていると、気分は治まってきた。まさか、このときが嵐の前の静けさだとは保は知るよしもなかった。


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連載小説 代役アンドロイド 第175回

2013年04月19日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第175
回)
 この夜の記者会見は但馬の周到な根回しによるもの、というより、内容そのものが興味深かった…ということもあり、大盛況のまま終息した。しかし、物事はこれだけでは済まない。次の日から京東大学大学院・山盛研究室がある新館入口には多数の報道陣が入れ替わり立ち替わり詰めるという事態に至ったのである。当然、そうなれば、朝の出勤は入館前に記者団の取材攻勢に晒(さら)される状況となる。保もその例外ではなかった。
 その夜の記者会見は但馬の周到な根回しによるもの、というより、内容そのものが興味深かった…ということもあり、大盛況のまま終息した。しかし、物事はこれだけでは済まない。次の日から京東大学大学院・山盛研究室がある新館入口には多数の報道陣が入れ替わり立ち替わり詰めるという事態に至ったのである。当然、そうなれば、朝の出勤は入館前に記者団の取材攻勢に晒(さら)される状況となる。保もその例外ではなかった。
「あっ! 岸田さん! ちょっと、お話を…!」
「学会発表はいつでしょう?」
「タイアップ先は?!」
「えっ? ああ、すみません、ちょっと、急いでるもんで…」
 追いすがる報道陣を振り切り、保は逃げるように新館の出入口から去った。他の者にも訊(き)いてるんだろう…と報道陣の姿が見えなくなると保は思った。
『お帰りなさい』
「えらい騒ぎだよ、沙耶。なんか、いい知恵はないか?」
 マンションへ戻るとドアを入るなり、保は訊(たず)ねていた。
「マスコミ除けの特効薬か…。こういうのって、有名人は嫌うのよね。嬉しいときもあるのに・・人って不思議よね。よく分からない」
「分からんか…」
『あっ! それ? それは、分かるわよ。教授しか知りません! の一点張りでいいんじゃない』
 沙耶が即答した。


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連載小説 代役アンドロイド 第174回

2013年04月18日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第174
回)
この日は教授の命令で全員、背広を着用していた。保も随分前に買った一張羅(いっちょら)をクローゼットの隅から沙耶に出してもらい着て出かけた。
「協同通信の蚤谷(のみたに)です。今回、発表された自動補足機は、大々的に企業とタイアップしていかれるご予定ですか?」
「あ~、その件に関しましては今後、ご要望に応じて前向きに考えております。残念ながら、現時点ではコスト面で生産ラインには乗らないとの問い合わせがございまして…」
「生産コストを抑えられる技術開発が待たれる訳ですね」
「そういうことです。はい、そちら…」
「毎朝新聞の麦田です。今回の機器は世界的に見ても画期的な開発かと思われますが、研究と開発目的は、どのようなものでしょうか?」
「様々な用途があろうかと思いますが、主目的は身体障害者の一助と山村住民の利便性を向上させる方向などのためです」
「週刊近代の花桃です。ノーベル賞の呼び声もあろうかと思いますが…」
「ははは…、とてもそのような。お恥ずかしい次第です」
 口ベタな山盛教授に代わり、講師の但馬が、さも自分が主催者のような顔つきで流暢(りゅうちょう)に答え続けた。後藤はその話しぶりが気に食わない様子で、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。その横に座る保は部外者のように聞き流した。


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連載小説 代役アンドロイド 第173回

2013年04月17日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第173
回)
「この話は俺の研究所の問題が片づいてから進めよう!」
『あの自動補足機ってやつ?』
「ああ、ついに記者会見だ。講師の但馬さん、偉く張り切ってる。勇み足しなきゃいいが…」
『教授に、おべっか、ばっかり使う人?』
「そんな言い方はよくないが…そのとおりだ」
 保は否定して肯定した。
 但馬がセットした記者会見はホテルプリンセスの大広間を貸し切って大々的に行われた。聞くところによれば、ホテルの使用料は但馬の自腹で、後藤と保は、一流ホテルの自腹だぜ。やはり小判鮫だな・・と笑い合った。
「ええ。ですから、そういう機器を開発したんですよ! 世界史上画期的な開発です。今世紀の偉大な科学の成果です!」
 そんな電話をマスコミ各社に入れていた但馬は、さも自分が開発したかのように鼻高々だった。
「但馬さん、大丈夫なんでっか? そんな電話を入れて…」
 後藤はアフロ頭を揺すりながら水を差したが、徒労に終わり、返って但馬の燃えさかる炎は強まったのである。
 その日の夜7時、マスコミ各社は報道記者、カメラマン達を派遣し、色めき立っていた。その訳は、会見案内をした但馬の大げさなコメントにあった。テレビで映る長机に並ぶ会見者達の姿、今日はその中に俺がいる…と保は思った。焚かれるフラッシュの閃光が保には眩(まばゆ)かった。テレビカメラも来ていた。


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連載小説 代役アンドロイド 第172回

2013年04月16日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第172
回)
「どうって、美味かったよ。ごちそうさん」
『ひと言、そういうの欲しいのよね』
 はは~ん、京東大学の女子学生のデータだな・・と保には思えたが、敢(あ)えて沙耶には言わなかった。
「ごめん! 次からな、ははは…」
 笑って暈(ぼか)すと、保は新聞を手にして読み始めた。別に読みたかった訳ではない。沙耶には今の俺の気持も感情認識システムで解析されたかも知れん・・という微かな気分が逃避行動として新聞を手にしたのだった。
「どうだ沙耶、収入抜きのボランティアで働いてみるか」
『ボランティア?』
「ああ、ボランティアだ。多業種人材派遣・・早い話、なんでも屋」
『なんでも屋?』
 沙耶は言語データ解析をし始めた。
『あっ! そうか…。いろいろ出来るのね。私は出来るものね』
「ああ、沙耶は、ほとんどのことは出来る。ただし、故障の危険性があるから、そう無茶なことは出来んがな」
『それって、フツ~の女の子なら同じでしょ』
「ああ。フツ~は身体を壊すが、沙耶の場合は故障する。その違いだけだ」
 沙耶は保の食べ終えた食器を洗い場へ運び、洗い始めた。


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連載小説 代役アンドロイド 第171回

2013年04月15日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第171
回)
 それから一時間が経過し、チップの交換は無事終わっていた。すっかり疲れた保はバスルームで浴槽に浸かっていた。
━ なんでも屋か…。ボランティア活動なら問題はないだろう… ━
 湯霞(ゆがすみ)の向こうに沙耶が懸命に動く姿が、ふと浮かんだ。むろん、脳裡に、である。俺だけの代役から皆の代役へと沙耶の活躍の場を広げられれば・・と思えたのだ。そして、中林が言った多職種人材派遣業とは少し違う大まかな構図が保の胸中に描けつつあった。ただそれは、多職種人材派遣ボランティアといった漠然としたもので、コレ! と決めつけられない朧(おぼろ)げなものだった。
━ さしずめ俺は沙耶の部活マネージャーだな… ━
 保は顔へジャバッ! と両手で湯をかけると浴槽から出た。保が部活と思えたのは、沙耶の儲(もう)け抜きのスケジュールや機器メンテナンスが、どこか学生時代を思い出させたからだった。
 バスルームを出ると、いつもの新婚気分が味わえる。保はこれが目的で沙耶を作った訳ではなかったが、深層心理にはそんな部分があったのかも知れない…と思えた。沙耶のロールキャベツは絶品で、ワインが口に沁(し)みて美味かった。
『どう?』
 誰が見ても笑える厚化粧を一端、落とし、軽い薄化粧を施した沙耶が現れた。学習システムが機能したのか、今度は違和感がなかった。


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連載小説 代役アンドロイド 第170回

2013年04月14日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第170
回)
だが、よく考えれば、妙齢の女性なら化粧をしない方が怪(おか)しいのだ。今まで、化粧しなかった沙耶が、どうして? と、保は疑問が湧いた。気づいたとき、保は沙耶の部屋へ入っていた。部屋では馴れない仕草で沙耶が顔に化粧品を塗りたくっていた。保はその顔に思わず噴出さずにはいられなかった。そのはずだ…と思えたのは、直後だった。プログラムには学習システムとして、新しく発生する事象に対して認識し、その解決策を探るプログラムが入力されていた。ただ、化粧法といった技巧的な方法は自身の学習によって高度化される仕組みなのである。だから、経験値が0の沙耶は、幼稚園児のお絵かきに似通っていた。
「化粧品の店でやってもらった方がよくないか?」
 保も面と向かっては、下手でひど過ぎる! とは言えなかった。沙耶は保の言葉を言語認識システムで解析した。
『保の言うとおり、私って駄目なのよね!』
 自虐的な言葉が沙耶から飛び出した。沙耶にしては珍しかった。
「ははは…、すぐ上手くなるさ。まあ、その顔では外へは出られんがな」
 言語認識システムがあるから、言ったことはお見通しなのだ。保はそう気づいて、本心を言った。沙耶はその本心の言葉を解析し、慌てて化粧を落とし始めた。
「先にチップを入れ替えよう。化粧を落としたら、立って停止してくれ。藤崎さんで、また忘れるところだったよ」
 保は愚痴りながら入れ替え用のマイクロチップを取りに行った。


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連載小説 代役アンドロイド 第169回

2013年04月13日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第169
回)
悪いタイミングだ…と、保は少しイラついたが、仕方なく玄関へ出た。
 ドアスコープから覗(のぞ)くと、相変わらずポケェ~とした顔で藤崎がドア前に立っていた。
「はい、今開けます」
 保はドアを開けた。チェーンは沙耶が戻ったとき話に夢中になり、かかっていなかった。
「いゃ~どうも、こいばお返しに来ました」
 藤崎は手に持った食器の小鉢を差し出した。
「えっ? ああ、どうも…」
 保は沙耶に聞いていたから、ピン! ときて、受け取った。小鉢を手渡しながら、藤崎は意味深にニタッ! と笑った。
「えーと、確か、お従兄妹(いとこ)さんやったですね?」
「えっ? 私、そう言いました? 実は友人の従兄妹なんですよ」
「そうなんね? まあ私はどうでんよかですがね…。お家賃さえお支払いいただければ…。そいじゃ、よろしゅう言っといて下さい」
 藤崎は、いっそう疑わしい目つきでニヤつくと奥をチラリと見て立ち去った。保は、やれやれ…である。その後、沙耶のマイクロチップを交換し、ようやくひと息つくと、小腹が空いていることに気づいた。保は小鉢をキッチンへ置くと沙耶を呼んだ。沙耶はいつの間にか自室へ戻ったようだった。
「おい、沙耶! もう帰られたぞ」
『は~い! すぐ行くわ。いまお化粧中!』
「化粧?!」
 保は驚いた。


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連載小説 代役アンドロイド 第168回

2013年04月12日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第168
回)
 ドアスコープから覗(のぞ)くと、相変わらずボケ~っとした顔で藤崎がドア前に立っていた。
「はい、今開けます」
 保はドアを開けた。チェーンは沙耶が戻ったとき話に夢中になり、かかっていなかった。
「いゃ~どうも、こいばお返しに来ました」
 藤崎は手に持った食器の小鉢を差し出した。
「えっ? ああ、どうも…」
 保は沙耶に聞いていたから、ピン! ときて、受け取った。小鉢を手渡しながら、藤崎は意味深にニタッ! と笑った。
「えーと、確か、お従兄妹(いとこ)さんやったですね?」
「えっ? 私、そう言いました? 実は友人の従兄妹なんですよ」
「そうなんね? まあ私はどうでんよかですがね…。お家賃さえお支払いいただければ…。そいじゃ、よろしゅう言っといて下さい」
 藤崎は、いっそう疑わしい目つきでニヤつくと奥をチラリと見て立ち去った。保は、やれやれ…である。その後、沙耶のマイクロチップを交換し、ようやくひと息つくと、小腹が空いていることに気づいた。保は小鉢をキッチンへ置くと沙耶を呼んだ。沙耶はいつの間にか自室へ戻ったようだった。
「おい、沙耶! もう帰られたぞ」
『は~い! すぐ行くわ。いまお化粧中!』
「化粧?!」
 保は驚いた。


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連載小説 代役アンドロイド 第167回

2013年04月11日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第167
回)
『実はさ、30分ほど前に来られたのよ』
「出たのか?」
『ええ…。働くなら、その前に人に馴れておかなくっちゃ、と思って…』
「そりゃ、そうだが…。で、藤崎さん、何だって?」
『私が駅前のスーパーから猛ダッシュで走り去るところを見たって…』
「いつのことだ」
『先週の日曜…』
 この時、保は沙耶の抑制プログラムを完成させ、次のメンテナンスに入れ替えようと、そのままにしていたことを思い出した。行動を慎む感情システムへの補足プログラムである。
「そうだ! 沙耶、まあ上がれ!」
 沙耶は玄関から上がらないで、そのまま話していたのだ。保に促され、沙耶はフロアへ上がった。
『なに?』
「お前の修正プログラムを入れ替えるぞ。停止してくれ」
『どうしても、今なの?』
「ああ、今だ。忘れないうちにチェンジしないと、偉いことになるからな。ダイニングの隅でいい。今、持ってくるからな」
 すでにプログラムはマイクロチップに記憶させていたから、チップを交換するだけの単純作業だった。沙耶は言われたとおりダイニングの片隅へ行くと、直立姿勢で停止した。保は交換チップを取りに行こうとした。そのとき、玄関チャイムが鳴った。悪いタイミングだ…と、保は少しイラついたが、仕方なく玄関へ出た。


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