水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 代役アンドロイド 第237回

2013年06月20日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第237回)
「おお、左様か! 頼みおく」
 長左衛門は顎鬚(あごひげ)をゆったりと撫でつけた。上京して二日目の朝である。里彩は夏休み中だし、勝夫婦には四、五日と言ってあるから、そう急くこともなかった。
  沙耶がボランティアを一つ終わらせたことで、ようやく保にも少し心の余裕が出来つつあった。もちろん、長左衛門が上京していることを知らないからで、研究室で行う飛行車のプレゼンテーション原稿にも集中できた。キャド(コンピュータ設計支援ツール)の80%以上は沙耶が組み上げ、保はオペレート(操作)するのみで事足りたのだ。心の蟠(わだかま)りが失せ、保のテンションはここしばらく高まっていた。
 時を同じくして長左衛門達が宿泊するホテルの一室では、三井が綿密な情報と行動パターンを計算していた。沙耶もそうなのだが、三井の場合もメモ書きなどの人の作業は不必要だった。纏められた結果は、すべて記憶データの中へ送り込まれ蓄積されていくのだ。岸田保…?マンション…?建築構造…?号室といった、あらゆるデータである。
「どうじゃ、三井…」
 隣室の長左衛門が姿を現した。三井はそのとき、大まかながらも行動パターンを纏め終えていた。
『はい、先生。ある程度は大丈夫なようです。と、申しますのは、沙耶さんが存在する場での行動に関しては私もどのようになるか、残念ながら描けません』


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連載小説 代役アンドロイド 第236回

2013年06月19日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第236回)
その後は二人で手当り次第に料理を平らげ、わずか半時間で、すべては食べ尽くされた。隣室の三井は、すでにベッド上で停止し、冷たくなっていた。人間なら冷たくなる場合は些(いささ)か問題で、病気とか死を意味することもあるが、アンドロイドの三井には、むしろ逆に薬となり、熱冷却に有効だった。人の疲れは筋肉の凝りとか、けだるさだが、三井の場合は基盤や回路が熱を帯びることである。もちろん、自動制御の冷却機能により熱は放散されていたが、この夏の季節、外気温の高さは馬鹿にならず、三井としては、ようやく体熱を下げられる状況に至ったのだ。とにかく、そういう状況で、その夜は更けていった。
「三井よ、昨夜、里彩とも話しておったのだが、保のところへ行こうと思うておるのじゃ。連絡を入れようと思おたのじゃが、その前にお前に訊(たず)ねておこうと思おてな」
『そうでございましたか。それは賢明なご判断かと存じます。こういうことは万事、タイミングというものがございます。この三井が悪いようには致しませんので、しばしご猶予を頂戴致したく存じます』
「そうか…。では、そうしようかのう。それにしても、相変わらず堅苦しい物言いじゃわい。わっはっはっはっ…」
 久しぶりに長左衛門の会心の大笑いが出た。
「すみません。そのようにお作り戴いておりますもので…。では、そういうことで一日だけお待ち下さい。あらゆる情報とデータにより、ベストタイミングを探ることと致します」


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連載小説 代役アンドロイド 第235回

2013年06月18日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第235回)
「おお…済まぬのう」
『軽い夕食をオーダーしておきましたので、間もなくボーイが参ると存じます。明朝は七時に起動し、ノックをさせて戴きます』
「ほっほっほっ…、モーニングコールが省けるわ」
「ごくろうさま…」
 三井は里彩に労を労(ねぎら)われ、ペコリと頭を下げた。そして部屋を退去しようとしたが、ふたたび長左衛門にも深く一礼して部屋を出ていった。
「堅ぐるしい奴じゃのう…」
 長左衛門は、ふたたび顎鬚を撫でつけながら小さく呟いた。
「おじいちゃま、おじちゃんのところは?」
「それよ…。今、ここまで出てきておることを保に知らせておらぬからのう。まあ、里彩も夏休みじゃて、そう焦ることもなかろう。それに、保のマンションへ出向く前に三井に話さんとのう。奴(やつ)が今度(こたび)の総責任者じゃからのう。作戦もあろうし…」
「作戦? 三井と沙耶さん…どちらも侮(あなど)れないわね」
「ほっほっほっ…、いい勝負じゃて。三井も性能を高めたからのう」
 そのときドアがノックされた。
「ルームサービスでございます」
「おお! 開いておりますぞ。お入り召されい!」
 長左衛門が古風な言い回しで了解すると、凛とした制服のホテルマンが数人、ワゴン車に乗せた料理を運び入れた。


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連載小説 代役アンドロイド 第234回

2013年06月17日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第234回)
『あちらです…』
 慣れた仕草で三井が厳(おごそ)かに指さす方向を長左衛門と里彩は見た。そこには有名な大提灯が下がる寺門が展望できた。三人は参詣の後、界隈を適当に散策して楽しんだ。もちろん、遠出の全責任を受け持つ三井は楽しんでいる訳ではなかった。分刻みでミスせず予定を実行していく責任感だけで、人としての感情は希薄だった。その点が、ほぼ人間に近づいた感情システムを保持し、繊細なプログラムを内臓する沙耶とは異なっていた。長左衛門も多少、それが気がかりだったが、以前のような人が妙に思う行動や言動は失せていたから、敢(あ)えて見ぬ振りをしていた。二人が美味い洋食に舌鼓を打っている間、三井は店前でホテルの宿泊予約をしていた。
『はい…。三名ですから、よろしく。六時過ぎにはチェックインの予定です』
 三井は電話をする前に、幾つかのホテルにターゲットを絞り、綿密なデータを入手していた。その後、最も適当と思えたホテルをピックアップし、電話したのである。だが、電話を入れるときにはホテルの空き室状況は察知していた。携帯端末と指先から出し入れできる自己端末を繋ぎ、情報入手したのだ。そんなことで、事がすべてスムースに運ぶのは道理だった。
 午後七時過ぎ、東京タワーの夜景が鮮やかに浮かぶ某ホテルの高層の一室に三人? は存在した。
『私(わたくし)は隣にツイン部屋を取っておりますので、これで失礼して停止させて戴きます』


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連載小説 代役アンドロイド 第233回

2013年06月16日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第233回)
「2秒06か…。まずまずじゃのう。以前より3秒ばかり縮まっておる」
 長左衛門は満足げにそう言うと、ゆったりと顎鬚(あごひげ)を撫でつけた。
 そして十日ばかりが過ぎた頃、長左衛門は三井と夏休みに入った手下の里彩を引き連れ、堂々の陣容で東京へ来襲したのだった。ただ、長左衛門に保達とバトルを繰り広げようという積もりはなかった、言わば状況を視察しようという偵察行動の類(たぐい)である。
 東京駅の丸の内前広場である。
「おじいちゃま、浅草寺とかいいんじゃない?」
「おお、そうじゃのう。一度、お参りせねばと思うておったが…。三井よ、ルートの交通手段、ああ、それからその辺りで昼にしよう。適当な食事処(どころ)も調べてくれんか」
『かしこまりました…』
 三井は一瞬、両瞼を閉じたが、すぐ開けた。
『ここからですと、タクシーの方が手間取らず早いかと存じます。お食事処は結構、有名店もございますね。私が着いたあとはご案内いたしますから安心なさって下さいますよう…』
「そうか…心強いのう。生き字引じゃわい、ほっほっほっ…」
 高らかに長左衛門は笑った。東京駅前の通行人は、和服姿にステッキで立つ長左衛門へ物珍しそうに視線を向けた。長左衛門は、まったく意に介さない。三井の言うまま、三人? はタクシーで浅草寺界隈まで足を運んだ。


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連載小説 代役アンドロイド 第232回

2013年06月15日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第232回)
「アンドロイド的行動はやってないだろうな。飽くまでも普通に、だぜ」
『それがさ、少しやり過ぎたみたい。やばそう』
「おいおい!」
 保は急に心配になりだした。放っておかれたパソコン画面は、いつの間にかスクリーンセーバーの図柄へと変化していた。
『でも、もう大丈夫。行かないから』
「あっ、そうか。なら、いいけどな…」
 保はふたたびパソコン椅子へ座りマウスを弄(いじく)った。沙耶は冷蔵庫からミックスジュースのボトルを出し、コップへ注ぐと氷を数片入れながら保のところへ急いだ。
「…有難う」
「これで教授もOKじゃない?」
「そうだな…。このキャドならご満悦だろう」
 世界では未だ開発されていないエアカー構想だった。しかも、正確な理論展開をデータ化しているのだから完璧だった。以前、不発に終わった自動補足機の比ではなく、保は、かなり手応えを感じていた。
 長左衛門はその頃、開墾されなくなった休耕地で三井の最終走行に望んでいた。新機能を付加し、これが上手くいけば、保がいる東京へ乗り込もうという腹積もりだった。
『三井よ! ここまで全力疾走せい!!』
 長左衛門の口には拡声器が、手にはストップウオッチが握られていた。
『はい、先生!』
 三井は約100mの距離を一瞬にして完走し、長左衛門の前に立った。もちろん、寸分の乱れもなかった。


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連載小説 代役アンドロイド 第231回

2013年06月14日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第231回)
 すでに暑い夏がやってきていた。この前、メンテナンスをしたときは梅雨だったが…と、保は、ふと思った。夏休みに入れば子分の里彩を連れ、怪獣長左衛門が上陸することが予想されたが、エアカーのキャド(コンピュータ設計支援ツール)に忙殺され、保はすっかりそのことを忘れていた。さらに子分は増え、三井も加わっていることも…。
 沙耶が簡単にプログラムを組んでいく。背景の黒いPC(パソコン)スクリーン画面には白い英文字や英数字が並んでいき、保が呆気にとられているうちにエンターキーが叩かれてアスキーファイルが立ち上がった。エアカーの骨格を現す三次元の具体設計画面がCG(コンピューター・グラフィクス)でリアルに浮かび上がり保の目を釘づけにした。
『これでいいかしら…。あっ! 冷やしたミックスジュース持ってくるね…』
「ああ…。沙耶、これさ、どこで習ったんだ?」
『それ? …この前、プログラミングの本を読んでたから』
 沙耶が読めば、すべてを記憶データとして蓄積し、応用可能に出来ることを、ついうっかり保は忘れていた。沙耶と人との根本的な違いだった。
「そうだったな…」
『えっ?』
「いや、なに…。沙耶は超人だったからな」
『そう。私はアンドロイドだからね。作った保が忘れてるのも、どうかと思うけど』
「ああ、済まない。で、茨城の方はどうなんだ?」
『お蔭さまで、あと少しで私の出番は終わり。余り長居すると地元の人に怪しまれるし…』


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連載小説 代役アンドロイド 第230回

2013年06月13日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第230回)
 長左衛門が三井の新機能を組み上げたのは、その半月後だった。その頃、保のキャド(コンピュータ設計支援ツール)による飛行車構想はようやく軌道に乗りつつあった。しかし、それを知るのは保の友人である馬飼商店の中林だけで、他の者は誰も知らなかった。
「ははは…空飛ぶ車で飛行車か。飛行機じゃないからな」
「仮の名だ。そう笑うな」
「いや、笑うつもりはないが、エアカーの方がいいんじゃないか。語呂がいいぜ」
「エアカーか…。いいな! よし、そうしよう」
 中林の発案で、このときから飛行車はエアカーと呼ばれるようになった。実際のところ、エアカーの詳細は沙耶が保にアドバイスしていた。あるときなど、保がパソコンに向かって頭を捻(ひね)っていると、傍へ寄ってきて横へ立ちパソコン画面を見て言った。
『これ、かなり無理があるわね…』
「えっ?! …そうか? 俺はこれでいけると思ったんだが…」
『悪いけど、全然、いけてない。これじゃ無理ね。ここさ、部分的に揚力が削がれるからアウト!』
「フラフラ、バタン、キュ~~か…。推進力でなんとかと思ったんだけどな」
『地球の重力は、そんな甘くないわ』
「そうだな…」
 いつの間にか保は席を立ち、沙耶が椅子に座ってキーを叩き始めていた。                                                                                                    


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連載小説 代役アンドロイド 第229回

2013年06月12日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第229回)
「おじいちゃま、私は宿題があるから、これでね…」
「ああ、ごくろうさん。またのう…」
 里彩は盆を手にすると、チョコチョコと細かく歩いて隠れ部屋を出ていった。
「三井よ、保のところで、ひと働きしてもらわねばならんが、大丈夫かの?」
 長左衛門は椅子に座る三井へ静かに言った。
『私(わたくし)に出来ることなら如何ようにも…。で、どのような?』
「ほっほっほっ…。まあ、そう急ぐ出ない。後日、言うことにしよう」
 そう告げると、長左衛門は顎鬚(あごひげ)をゆったりと撫でつけた。
 長左衛門は目論んで保が作った沙耶と三井をバトルさせようとしていた訳ではない。だいいち、沙耶のアンドロイド情報は三井が報告しただけで、長左衛門としては正確に掌握出来ていなかった。三井は沙耶との会話で音声の歪(ゆが)みを沙耶から感じ、100%の確率で彼女? がアンドロイドだと断じて長左衛門に告げただけのことである。だから長左衛門にそれ以上のことが分かる筈もなかった。ただ彼の研究心にふたたび火がついたというだけのことである。三井に加わる新機能で沙耶と対峙させようとは考えていなかった。しかし沙耶の詳細をもう少し知りたいとは考えていた。むろん、その思いは子分である里彩にも伏せていて、我が身一つに収めていた。保も沙耶もそんな展開になっていようとは、まったく知らず、長左衛門のことは忘れていた。多少、気にしていた保も、山盛教授に念を押された飛行車のキャド(コンピュータ設計支援ツール)に忙殺され、忘れていたのである。


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連載小説 代役アンドロイド 第228回

2013年06月11日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第228回)
『もう、よろしいのでしょうか? 先生』
「ああ…。今日は少し疲れたでのう。どうも肩が凝っていかん…」
『お揉みいたしましょうか?』
「おお、そうじゃった。ひとつ、頼むとするか…。里彩よりは効くじゃろうからのう」
「おじいちゃま。私はお茶を持ってくるね」
「おお、これは気が利くのう」
 長左衛門が振り返ったときには、すでに里彩の姿は離れの隠れ部屋から消えていた。
『私の機能向上は有難いのですが、いったいどのような?』
「ほっほっほっ…。三井よ、そのようなことは気にせんでいい。X-1号だったお前が三井になった、くらいの変化じゃからのう」
『分かりました。新機能を楽しみにしております。なにぶん、よろしく』
 そのとき、里彩が盆に湯呑みと茶菓子を乗せて戻ってきた。
「おお、済まぬのう…」
 長左衛門は茶が淹れられた湯呑みを口にすると啜った。上手い具合に運ばれる間に頃合いに冷え、いい飲み加減になっていた。長左衛門は美味そうに啜り終わると、満足げに湯呑みを盆に置いた。機嫌がよかったのは里彩の茶のせいばかりではない。彼には三井の修正プログラム構想が新たに浮かんでいたのだ。ただ、その機能を付加しても、沙耶には及ばないプログラムなのだが、長左衛門は未だそのことに気づいていなかった。沙耶と比較すれば80%程度だが、長左衛門の年からすれば凄い技術力に違いなかった。


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