行き詰まった時、いつも考える言葉がある。それが「一日一生」だ。もちろん聖書の中で、イエス・キリストが語った言葉が、その起源だが、何十年か生きてみると、そんなに底は浅くないと感じる。若い頃は、壮大な夢や構想を胸に抱く。そして人は現実の厳しさに、もがき苦しむ。ある程度、現実が見通せる年齢になっても、予想外のことにあわてふためき、決断は容易ではない。本当に大切なことは、学校でも教わらず、親からも教わらな . . . 本文を読む
同じ家族として過ごした親子なのに、どうして気立ても、才能も違っていくのだろうか。魂の違いといってしまえば、それまでなのだが、どうしても、この世では親子の秩序が、優先するような気がして、納得がいかないものだ。旧(ふる)い言葉では、「鳶(とび)が鷹(たか)を生む」ということもある。平凡な親から非凡な子が生まれるたとえだ。逆もまた真なりで、非凡な親から平凡な子が生まれることもある。あるいは運命のいたずら . . . 本文を読む
私の若い頃には、まだ、乗り合いバスには、運転手と車掌(しゃしょう)がいた。車掌が女性の時には、まるで、夫婦でお店を営(いとな)んでいるようで、ほほえましかった。無骨(ぶこつ)で無口な中年男の運転手と、白い歯を出して、笑顔で切符を切ってくれる、女の車掌。彼女のまなざしは、車中の家族を、見守っているかのようだった。いつからだったか、ワンマン・バスが走り、車掌もいなくなった。「効率化」と「経費削減」は、 . . . 本文を読む
若い頃には、頭のいい人や、お金持ちや、家柄のいい人や、スタイルのいい人、そして、美しい人に対して、嫉妬の念を押さえるのは、とても難しく感じた。頭ではわかっているのに、心では恵まれすぎている人たちに、競争しても勝てない自分が、みじめで、自己憐憫(じこれんびん)に向っていくのを、止めることができなかった。ところがどうしたことだろう。自分の長所を伸ばすことに専念して、少しずつ、少しずつ、実績を積み重ねて . . . 本文を読む
(「不幸を愛する傾向」がないか、確認する)人によっては、自分が波にもまれて溺(おぼ)れかかり、あっぷあっぷしていることを、まるで楽しんでいるかのような人もいます。もし自らの心のなかにそういう傾向があるならば、それを修正する必要があります。人間には、自分では気がつかないながら、「不幸を愛する傾向」というものが必ずあります。他の人が見ると多少は分かるのですが、自分自身では、これが、そう簡単には分からな . . . 本文を読む