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運命の大波のなかで「あなた」を救う指針(後編)

2020年04月21日 | 人生
(「不幸を愛する傾向」がないか、確認する)
人によっては、自分が波にもまれて溺(おぼ)れかかり、あっぷあっぷしていることを、まるで楽しんでいるかのような人もいます。もし自らの心のなかにそういう傾向があるならば、それを修正する必要があります。

人間には、自分では気がつかないながら、「不幸を愛する傾向」というものが必ずあります。他の人が見ると多少は分かるのですが、自分自身では、これが、そう簡単には分からないのです。

過去、悲しんだことや苦しんだこと、失敗したことなどが心のなかに刻(きざ)まれると、失敗のパターンのようなものが出来上がってきます。

そして、似たような状況が起き始め、「前にも似たようなことがあったな」と感じると、そのまま、その失敗のパターンにスーッと入っていき、また同じような結果になります。そういうことが繰り返し起きるのです。

仕事や人間関係などにおいて、過去の失敗と似たような兆候が出てきて、「これから、また前と同じようになるのかな」と思っていると、昔に味わった苦(にが)い思い出とそっくりの現象が出てくるわけです。

人間は、自分の不幸を、ほかの人や環境など、外部のせいにしやすいものです。まさか、自分自身が、失敗のパターンをつくり出し、その失敗のかたちを愛しているとは、なかなか思えないのです。

そのため、不幸な人には、不幸な体験を何度も繰り返す傾向があります。
もし、不幸な体験が、二つ、三つ、あるいは、それ以上続くようであれば、一度、自分を突き放し、第三者の目で冷静に自らを見てみる必要があります。中道に入り、白紙の目で自分自身を見つめてみることが必要なのです。

(他人の同情を引こうとすることをやめよう)
私は、「人を愛することが大事である」と言っていますが、結局、人間は「人から愛されたい」と思うものです。

実際、人から愛されたら、うれしいですし、幸福になれるでしょう。
しかし、他の人は自分のことを、なかなか愛してはくれません。愛されたいのに愛してくれないため、愛に代わるものとして、人の同情を引こうとする傾向が出てくることもあります。人から同情されるような立場に、わざわざ自分を置こうとするわけです。

どのような立場になれば人から同情されるかは、みなさんも、ある程度、分かるでしょう。
例えば、病気になると同情されます。敵(てき)同士、あるいはライバル同士で喧嘩(けんか)をしていたとしても、片方が病気になると、とたんに相手の態度が変わり、優しくなったり、攻撃をやめたりするようになります。

積極的に仲直りするだけの勇気がない場合、仲直りの努力をする代わりに病気になることによって、実は争いから逃れようとすることがあるわけです。

あるいは、貧乏(びんぼう)を愛している人も、わりに多くいます。それも、たいていの場合、貧乏の理由を、人のせいや会社のせい、国家のせい、世界経済のせいにしている人が多いのです。一従業員ならともかく、社長族においても、そういう人はかなり多くいます。

もし、「同情を引いて慰(なぐさ)めてもらおう」と思うような傾向が自分にあるならば、思いとどまったほうがよいでしょう。同情を引いても、よくなることは少しもないからです。慰めの言葉をかけられることがあるかもしれませんが、実際のところ、根本的な解決にはならないのです。

---owari---
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