⑤今回は「作家・童門冬二さん」によるシリーズで、豊臣秀吉についてお伝えします。――――――――――――――――――――――――秀吉は、この世は力がすべてものを言うと思っていた。自分の力を持つことだと思っていた。しかし、その力をいきなり誇示するのは得策ではない。既成の閥(ばつ)の存在を否定しないことだ。すべて風見鶏で行こう、と心を決した。それも、閥から身を遠ざけるのではなく、こつちから積極的に各閥に . . . 本文を読む
④今回は「作家・童門冬二さん」によるシリーズで、豊臣秀吉についてお伝えします。――――――――――――――――――――――――柴田勝家は呆(あき)れて秀吉の顔を見つめた。しかし柴田もバカではない。思わず、(この野郎、なかなかやるな)と感じた。言ってみれば秀吉は、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉を、文字どおり実践したのだ。秀吉は、柴田勝家が先頭に立って、自分の新城主就任に反対していることを知 . . . 本文を読む
③今回は「作家・童門冬二さん」によるシリーズで、豊臣秀吉についてお伝えします。――――――――――――――――――――――――秀吉が木下藤吉郎と名乗っていた頃、出世のいとぐちをつかんだのは、信長に命ぜられた仕事を常に百パーセント以上、百数十パーセント、時には二百パーセントも達成する好成績をあげたからであった。薪(たきぎ)奉行となると、清洲城の暖房をそれまでの半量の薪でおこなう。塀のつくろい普請をす . . . 本文を読む
②今回は「作家・童門冬二さん」によるシリーズで、豊臣秀吉についてお伝えします。――――――――――――――――――――――――「籐吉郎は現場に行った。そして自分の眼で塀の壊れた箇所を調べた。やがて工事に従事する労働者たちを呼んだ。約百人いた。藤吉郎はこんなことをいった。「新しく塀の修理を命ぜられた奉行の木下だ。しかしオレは全くの素人で、こういう仕事のことは分からない。全部おまえたちに任せたい。ただ . . . 本文を読む
①今回は、『歴史小説浪漫』作家・童門冬二のシリーズで、豊臣秀吉についてお伝えします。――――――――――――――――――――――――天文六年(1537)織田信秀の足軽・木下弥右衛門を父に、百姓の娘なかを母として生まれる。天文二十年(1551)元服の年に家を出て、行商ののち織田信長に仕える。永禄四年(1561)浅野長勝の養女ねねと結婚し、木下藤吉郎と名乗った。天正元年(1573)に浅井氏の旧領十八万 . . . 本文を読む