ボランタリー画廊   副題「げってん」・「ギャラリーNON] 

「げってん」はある画廊オーナとその画廊を往来した作家達のノンフィクション。「ギャラリーNON]は絵画を通して想いを発信。

ギャラリーNON(67) 泣くも笑うも

2013年08月16日 | 随筆
 2011年は高校の同期会の持ち回り幹事を引き受けていた。しかし、3・11の大震災があって、関東以西に散っている同期会メンバーは、それぞれの持ち場で西日本が東日本を助ける一員なければならないのだと思い、壱岐の島で集う同期会計画を延期した。政府の指揮で国や都道府県から色々な施策に対応した役割が国民に与えられるだろう。そんなときに同期会で遊んでいたのでは役に立たない。同期会のメンバーも同意してくれた。
 しかし、その後、何も言って来ない。福島県の人たちは全国のいたる所に疎開できるよう取り計らうとか、特別な税金の徴収があるとか、急ピッチで新電力開発を行うとか、役所に行けば救済・復旧・復興のロードマップが貼ってあって、それを見れば何がどこまで進んでいるのか分かるようにするとか、そんなことを想像したが、なにも分からないまま2年半の時間が過ぎた。
  それよりか、解せない情報が入ってくる。復興予算といえども復興以外に充当してみたり、被災原発施設では確たる始末の方法はなく、命がけの試行錯誤が続いている。何の警戒情報も発信せず、これだけの危険はあるが再稼動しますかと問わずに、新しい安全基準に適っているから安心ですとうそぶいてみたり、ごまかしの日々が続いているように見える。

 そんなむしゃくしゃした思いでいるとき、何気なく「NHKのHP」から、「現地発」の文字に惹かれて、「現地発・明日へブログ」に入り、東日本の被災現場からのブログに出会った。
  その中のお一人、井上淑恵さんの記事が目に入った。 それは、被災して1年経ったころ、旧住友信託銀行が公募した「第12回60歳のラブレター」に応募され、見事大賞に輝いたご主人に向けて書かれたラブレターだった。大震災ですべてのものを無くして呆然していたとき、無くしていない夫婦の命に気づき、向き合い、「泣くも笑うも船の上でしたね」と言葉をかける場面が読んでいて美しいと思った。その美しさをイマジネイションのままに絵にしてみた。

   
  夫婦船で泣き笑いしたしたたかな日々を思ってあげることで励ましになればと思い拙作を貼り付けたが、渇いた空気を湿らせる一滴の雫であって欲しいと願う。