岩手県大槌町吉里吉里地区からの「明日へブログ」は関谷晴夫さんです。3.11震災でインフラが絶滅して孤島のようになった避難所から被災状況を発信し始めた方で、その活動は今も「明日へブログ」への執筆活動に繋がっています。
2013年8月の「吉里吉里通信・夏号」の記事には、ヤマセ(海面を移動する濃霧)に包まれた吉里吉里港、海水浴で賑わった吉里吉里海岸、お神輿の練り歩く夏祭り、やがて秋になると見られる海からの日の出、を紹介しながらも、これからの嵩上げ工事や防潮提工事で、昔ながらの眺めや音や色、それに吉里吉里人たちの声がなくなる寂しさを綴っています。復興の槌音の頼もしさの裏に、無くなり様変わりする寂しさが心の底にあるのだろうと読んで感じます。
この記事の中に、吉里吉里海岸で遊ぶ二人の女の子の写真があります。その子らが2014年7月の「ふるさと吉里吉里通信・梅雨号」にも登場しているように見えます。同じ吉里吉里海岸でのスナップと思われますが、鯨山を背景に、今度は傾いた防潮堤で遊んでいます。筆者は、倒壊した防潮堤は、普段穏やかだけれどもひとたび暴れると人間の抗し難い力を表わすモニュメントだと言っておられます。あのカタカタカタ・・・と横倒しの防潮堤を取り壊す音が消えたらそれを忘れてしまうのではなかろうか。そんな気持ちがスナップ写真から感じ取れます。
その思いを絵にしてみようと取り掛かりましたが、スナップ写真そのものが絵になっており、その写真をM50号の絵にしてみました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/be/ff5624c48f65c2e9b5134ce81f28b24c.jpg)
「吉里吉里人」2015.3制作 M50
2013年8月の「吉里吉里通信・夏号」の記事には、ヤマセ(海面を移動する濃霧)に包まれた吉里吉里港、海水浴で賑わった吉里吉里海岸、お神輿の練り歩く夏祭り、やがて秋になると見られる海からの日の出、を紹介しながらも、これからの嵩上げ工事や防潮提工事で、昔ながらの眺めや音や色、それに吉里吉里人たちの声がなくなる寂しさを綴っています。復興の槌音の頼もしさの裏に、無くなり様変わりする寂しさが心の底にあるのだろうと読んで感じます。
この記事の中に、吉里吉里海岸で遊ぶ二人の女の子の写真があります。その子らが2014年7月の「ふるさと吉里吉里通信・梅雨号」にも登場しているように見えます。同じ吉里吉里海岸でのスナップと思われますが、鯨山を背景に、今度は傾いた防潮堤で遊んでいます。筆者は、倒壊した防潮堤は、普段穏やかだけれどもひとたび暴れると人間の抗し難い力を表わすモニュメントだと言っておられます。あのカタカタカタ・・・と横倒しの防潮堤を取り壊す音が消えたらそれを忘れてしまうのではなかろうか。そんな気持ちがスナップ写真から感じ取れます。
その思いを絵にしてみようと取り掛かりましたが、スナップ写真そのものが絵になっており、その写真をM50号の絵にしてみました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/be/ff5624c48f65c2e9b5134ce81f28b24c.jpg)
「吉里吉里人」2015.3制作 M50
震災直後から「被災地発」のツイートを発信し続け、それがNHKさんの「現地発明日へブログ」に繋がっています。
写真を水彩画にしていただき、ありがとうございます。
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