日本のコロナ危機に対する国の補償は、雇用調整助成金、定額給付金、持続化給付金、その他生活資金の貸し付けなど、形だけは揃った格好になっている。これで充分かどうかは別の問題として、すべてに共通している大きな問題が実際の支給が「遅すぎる」ということである。
雇用調整助成金では、「提出書類を揃えるだけで3日、支給されるまでには潰れてしまう」などと言われるほどで、業績が悪化した企業を「助成」するのにはほとんど役に立っていない。厚労省によれば、5月21日の段階で、申請件数の半分しか支給が決定されず、実際の支給はこれからいつになるかわからないのが実情だ。
定額給付金にいたっては、6月10日時点で全国平均36%の世帯にしか支給されていない。一律配布でも、これほど時間を要するのは、世界でも日本ぐらいのものだろう。
持続化給付金については、民間への委託に問題があることが指摘されているが、やはり、支給の遅さは国会で追及されるほどである。申請から一か月以上経過し、200万件の申請があり、75%に給付したが、申請開始の5月1日直後に申請したものの、5万件ほどは現在でも支給されていないという。
このように何の支給でも遅い日本に比べ、諸外国ではほとんどが支給済みなのは、メディアで明らかにされているが(例えば、ロイター通信によればアメリカでの経済支援金は4月から口座への振込と小切手の郵送が始まっている)、なぜ日本だけが甚だしく遅いのか、最も多く言われているのが、日本では国民番号制に銀行口座番号等が紐づけされていないので給付が遅れてしまう、というものだ。国民の銀行口座が分からないのだから、支給に手間取り、遅れるという意味である。安倍政権は現行のマイナンバーに国民の口座登録を義務付けろと言い出しているのも、そのせいである。
確かに、多くの国では、国民の識別番号に銀行口座等を連結している場合が多い。どういうことなのかと言えば、例えばアメリカでは社会保障番号(Social Security number)というものがある。これは、身分証明みたいなものだが、この番号は納税と社会保障に連結している。したがって、銀行口座番号も国に登録している。日本で言えば、税の確定申告に税の還付金用に口座番号を届けるようなものである。ヨーロッパでも同様に、個人識別番号(personal identification number)制度があり、ほとんどの場合、銀行口座等を登録してしており、国が給付を決めれば、その口座に振り込むので、数日で本人に届く(または、電子マネー等、国によって様々)。
では、日本のマイナンバー制度と何が違うのかと言えば、諸外国ではマイナンバー制度のようなものの目的が公平な徴税と社会保障、医療保障のためだということである。典型的な例はスウェーデンで、1960年代から、高負担高福祉のための公平な徴税、公平な社会保障、医療保障、行政の効率化を目的として、導入されている。この制度がスウェーデンで始まったのは、極めて社会民主主義的発想で、個人の自由を最大限重要視する自由主義とは、異なる思想のためである(むしろ、言論の自由等の政治的自由は、自由主義的民主主義国家より、守られている)。北欧では、すべての国民の所得は公開されているが、これも徴税の公平化、平等化に関係している。端的な例をあげれば、金持は多くの出所から稼ぐが、識別番号があるので別人の稼ぎとしてごまかすことができないので、きちんと税金を払うというシステムである。その後、欧米を中心にこの制度が広まっていったのである。
こういった諸外国での番号制度は、目的が明確化しているので、大きな批判を受けたことはない。勿論、プライバシーとの兼ね合いもあり、詐欺にも使用されるので、厳重な管理が必要だが、制度自体を辞めろという意見は大きなもにはなっていない。
それに比べ、日本のマイナンバー制度は、政府は目的の第一に公平・公正な社会を挙げているが、何がどう公平・公正に役立っているかまったく分からない。納税や社会保障と関連付けしない限り、今の制度が公平・公正に役立つことはあり得ず、単に行政の効率化の目的で作られていると言われて仕方がないだろう。さらに効率化さえも、なされているとはいえず、公費の無駄遣いの象徴と化している。このような信頼性がまったくない制度に、銀行口座を登録するなど土台不可能である。
このように諸外国と制度が異なるので、支給が遅くなるというのは、そこだけを取り上げれば、それはそのとおりである。また、申請書が複雑でそれを審査するのに膨大な時間がかかる、オンラインが集中して不具合を起こすことなど、他にも様々な遅れる理由がある。しかし、それだけでは説明がつかない。
より根本的な理由は、実際の現場で作業を行う人数が少ない、つまり日本は公務員が少ないので、作業が遅れるのである。
日本の公務員が少ないことはマスメディアではあまり取り上げられないが、例えば、労働人口に占める公務員では、OECDの平均が15%であるのに対し、日本は7%である。北欧やフランスは20%を超えている。(以上、2008年OECDによる)
人口千人当たりの公的部門職員数でも、フランス(2008年)の86.6人、アメリカ(2009年)の77.5人、イギリス(2008年)の77.2人、ドイツ(54.3人)に対し、日本(2009年)はわずか31.6人である。(総務省HP)
これらは過去のデータであり、現状では「行政改革」でさらに職員数は減り、非正規公務員の比率が増大していると考えられる。それに逆行するように、行政サービスの要求は増すばかりである。これで何が起きるのかと言えば、当然に人員不足である。
国も地方も末端の現場で働く公務員は、今抱えている業務で限界がきているのが現状なのだ。アベノマスクの所管は厚労省だが、現場にはそんなものを、民間企業に適切に請け負わせる余裕などなかったのだ。結局、官邸主導で怪しい業者に委託し、挙句の果てに不良品の山が出る。配布が遅れるのは当然である。
定額給付金は、インターネット関連に通じた官僚は少なく、「マイナポータル」経由のオンラインではやれば、実際に受け付ける地方自治体側の現場は人員不足で混乱するのは当然である。結局、郵送が主体になったが、人海戦術で対応するしかなく、いくら残業しても追いつかない。業務をこなすのには、人数の多い方が早いという当然の理屈が無視されているのである。
公務員の削減、公的部門の民営化という行政改革は、新自由主義に他ならないが、公的な業務を民間に移管した方が効率的という根拠のない幻想を振りまいている。北欧の公務員数は人口比で日本の3倍近いが、日本より非効率だという指摘はされていない。官公庁が非効率だというのは、民間の方が低賃金労働者を使いやすいので、コストパフォーマンスがいいというような、徹底した労働賃金の総体的引き下げ化の思想に基づいている。そこには、民間労働者は公務員労働者の賃金を下げれば、税金が下がるのではないかという幻想も振りまかれている。そのような事実はない。公務員労働者の賃金が下がるということは、民間労働者の賃金は下がっており、さらに賃金を下げられる可能性の方が高いのである。
欧州でも、特に北欧やドイツでは、公的部門が堅固であり、コロナ危機にも迅速な対応が可能だった。官公庁、公的部門の迅速な動きは、必要される人員の十分な確保、基本的にはそれによるのである。