1. 2021年秋、欧米出入国管理 対日本人入国者
ワクチン接種完了の大企業正社員A:「あなたは、隔離措置なしで入国できます」帰国後「その後も感染せず」
ワクチン未接種の非正規労働者B:「あなたは、入国後10日間隔離が義務付けられます」帰国後「感染し、死亡」
2. 職場・大学などのワクチン接種の職域接種が6月21日から始まるが、河野規制改革担当大臣は 、その中でも1000人以上の大企業から先に始めることを明らかにした。それに対し、朝日新聞デジタルは6月2日「人員確保や公平性に課題 」という記事を載せ、立憲民主党の蓮舫は「優先(されるべきもの)が優先されていないのでは」と懸念を示し、上智大学の中野晃一はtwitterで「シレッと大企業優先」と批判した。
これらの懸念や批判には、逆にそれに対する多くの批判が浴びせられている。例えば、ジャーナリストと称する佐々木俊尚 なる者がラジオ番組で「朝日はワクチンをまったく理解していない 」として、「打てるところから積極的に打つことが大切」と言い、集団免疫を獲得するために接種効率を上げることが最も重要だという主旨の発言をしている。蓮舫や中野晃一にも、同様の主旨の批判がtwitterなどで多くみられる。この反応に対しては、今のところ、朝日新聞も蓮舫も中野晃一も、中野自身の言葉を借りれば「シレッと」一切言及していない。
3. では、どちらの言い分が適切なのだろうか?
そもそも、政府が職域接種を早期に始めるのは、ワクチン接種が世界から遅れているという批判を払拭するため、また、五輪の強行開催という理由もあり、できる限り接種を早めたいという意図からなのは間違いないだろう。確かに、その意図どおり、大企業に限らず「打てるところから積極的に打つ」ことは、日本全体の接種を早めることに貢献する。pwcという医療アドバイス会社によれば、大規模接種に加え「職域接種を含めると、高齢者に対するワクチン接種の終了は2021年8月19日、若年者・中年者の接種完了は2022年3月9日にまで短縮され」ると言う。
このシミュレーションは、一見綿密になされているが、実際には「やってみなければ分からない」という要素が大きいので、精度は神のみぞ知る、である。特に、このシミュレーションには、社会には、接種体制をつくる人的・物的供給に限界があるという要素がまったく考慮されておらず、大規模や職域接種による自治体接種への人的物的逼迫が計算に入れられていない。ただ単純に自治体、大規模、職域を足し上げているだけである。したがって、このシミュレーションのように、職域接種によって、1ヶ月早く集団免疫を獲得できることなどあり得ない。
しかしそうは言っても、大企業優先であれ、職域接種を推進することは、社会全体での接種体制を後押しするので、接種効率を上げることは間違いない。
しかし、このシミュレーションでも示されているとおり、集団免疫の獲得により、コロナ危機がインフルエンザ並みに扱っていい状況になるのは、来年の春以降ということになる。それまでの間に何が起こるのかを考えるのは、無視していい問題ではない。
4.当然のことだが、企業の本業は、医療ではない。
大企業での接種で重要な役割をを果たすのは、産業医だと思われるが、企業に常駐するのは従業員1000人~3000人の企業で1名以上、3001人~では2名以上と決められている。実際の大企業に、何名配置されているかは分からないが、人件費コストの面から、この基準に近いと思われ、3000人以上の従業員がいても2名のところが多いと考えられる。
この産業医が打ち手の監督と健康面の管理を担当すると思われるが、この人数では従業員数と比べ、少な過ぎる。そこで、外部から医師を調達することになる。打ち手の看護師等も同様に外部から調達することになる。ワクチン接種に協力したいが、どこに連絡すればいいのか分からないという開業医、看護師もいるので、それらを活用することになるが、この人たちの活用は、自治体も同じことだ。そこで何が起こるかと言えば、医師看・看護師が無限に存在するわけではないので、企業と自治体の獲得合戦が起こることになる。当然、それらの人たちは、条件のいい方に(金銭の問題だけでなく)行くだろう。さらに、接種には注射針等の専門的資材も必要で、それも自治体と調達競争になる恐れがある。
厚生労働省でも、自治体へのワクチン供給に加え、企業への供給部署をつくり始めている。そのことによっても、厚生労働省の人員不足は加速される。
このように、企業は、自分たちだけで接種体制をつくれるわけではなく、自治体に供給されるべき国内の接種に関係する人的・物的資材をも調達せざるを得ないのだ。それによって、その他の接種が遅れることは、十二分にあり得る。
5. そもそも、なぜ世界中で優先順位による接種が行われているのか。
簡単に言えば、希望する国民全員に、短期間では接種できないからだ。それは、打ち手不足と言われていることで分かるように、人的物的限界があるからだ。アメリカでは、1日に300万回の接種を行ったが、日本では、直近で1日平均60万回程度である。いくら、首相が「1日100万回」と言ったところで、限界はあるのだ。仮に1ヶ月で全員に打ち終わる体制があれば、優先順位など必要ない。それができず、全員に打ち終わるまで1年近くが要するからである。その期間は、感染は拡大縮小が繰り返され、感染のリスクは遍在する。だから、医療従事者と重症化しやすい高齢者が優先され、その後は、医学的見地を考慮しながら、極力、公平・平等な接種を行うのが、世界中で実施されていることなのだ。
ワクチン接種が先行する英国の例
英国では、ほぼこの順位で接種が行われ、他の欧米諸国でも基本的に同様な計画に沿って実施されているが、実際には優先順位については変動がある。警察官や教員を優先すべきだという主張など、職業によっての優先順位をつけるなどである。しかし日本のように、大企業優先などあり得ない。同一の職業で、大企業従業員もその他の労働者も、命の価値や社会に果たす役割は同じであり、優先すべきという理由がまったくないからである。
6月21日では、高齢者の半分も完了していないだろう。その他の警察官や教員など優先されるべき人たちも未接種のままだ。6月実施は、あまりに早過ぎる。接種効率を上げるためには、欧米で実施されているように、人員を確保し、巡回バスを活用するなど接種場所、接種機会を増やし、極力優先順位どおりに接種することが国のやることだ。職域接種も優先順位を考慮して、実施されるべきなのだ。
蓮舫の「優先(されるべきもの)が優先されていないのでは」という懸念は、倫理的に正しい。なぜならば、最悪の場合、1.で記したことが起こるからだ。ワクチンは感染リスクと重症化リスクを下げ、接種、未接種で命を左右することにも繋がる。公平・平等という概念が無視されていいわけはない。