夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

ペロシの台湾訪問とバイデン政権の「専制主義との闘い」に隠された狙い

2022-08-10 10:40:42 | 社会

「アメリカは出ていけ」ペロシの訪問に反対する抗議者(台北、台湾8月2日AP通信)台湾では、「歓迎」が多数派だが、反対する人たちもいる。

緊張を高めるペロシの訪台
 8月2日夜、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問した。中国の習近平が「火遊び」と表現したように、中国側からの再三にわたる警告があったにもかかわらずである。この行為に、東大東洋文化研究所佐藤亮准教授は「ペロシ氏の訪台で、米中関係は明らかに悪い方向に向かう。地域の安定を米国が壊しかねない」(朝日新聞8月4日)と評した。当然のことだが、アメリカ第3位の高官の訪台は、中国との緊張を高めるからである。
 アメリカの下院議長の訪台は、1997年にもニュート・ギングリッジが強行している。ギングリッチは共和党のタカ派政治家だったが、表敬訪問を受けた当時の国民党李登輝総統は「中華民国は主権が独立した民主国家だ。我々には独立を宣言する必要はない。我々は両岸が関係の安定を維持し、対話を再開し、平和的な方法で両岸問題を処理するよう希望している 」(台湾総統府のニュースリリース )と、緊張を緩和する姿勢を見せ、中国側もギングリッチが訪台前に北京を訪問していることから、公に大きく反発することはしなかった。
 今回の訪台と25年前との違いは、中国が台湾を「武力を用いても統一する」と言っていることは変わらないが、第一に、台湾の政権が独立志向の強い民進党であること、第二に、中国が今では世界第二の飛躍的な経済力と軍事力を有していることである。中国としては、台湾内独立派を鼓舞する行為は許し難いし、回避するのが最善だが、万が一米軍と衝突しても、アメリカ側にも多大な損害を与えることができ、少なくとも圧倒的な敗北を喫することはない、という見通しがある。このようなことから、25年前とは比べ物にならない危険性を伴う行為なのは明白である。
 この訪台には、アメリカ国内でも反対意見が多く、バイデンも「米軍は、良いアイディアではないと考えている」(報道複数)と述べ、 自身も賛成しない意向を明かしているほどだ。
 それでもペロシが訪台した理由を、共同通信客員論説委員の岡田充は、「個人の『歴史的評価』を追求した」と記した(8月4日)が、それは適切な見方と言える。かねてから、ナンシー・ペロシは、中国の人権状況を強く批判し、「自由民主主義」の台湾へのアメリアの支援を強化すべきと主張する中心人物であり、秋には下院議長の引退が予想されるからである。ペロシ個人の強固な意志の現れということである。
 そしてそこには、アメリカ民主党主流派全体の「自由民主主義を世界に広げるべき」という価値観が明らかに存在する。だから「自由民主主義」の台湾を「一党独裁」の中国から守り、支援するという主張が強く出されるのである。
 バイデン自身も「民主主義対専制主義」と世界を二分し、「専制主義」と戦う姿勢を明らかにしている。念頭に置いているのは、ロシア・中国の「専制主義」との闘いである。
 
ペロシの裏の目的
 しかし、この「専制主義との闘い」には、裏の目的が隠されている。それが分かる記事が毎日新聞に掲載されている。それには「米ペロシ下院議長『訪台に込めたもう一つの目的』とは」(8月6日)と題され、ペロシの「発言や行動を精査すると、『米国の半導体産業強化』というもう一つの目的が浮かび上がる」と記されている。「米下院は、(訪台直前に)半導体の製造や研究に527億ドルの補助金を投入する法案を可決 した」が、その戦略として半導体生産でトップクラスの台湾を取り込むというものである。手始めに、半導体受託生産で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)と密接な関係を築こうとしているということである。そして、「ペロシ氏の訪台はTSMCを取り込んで米国を中心とする半導体サプライチェーンを強化する狙いが込められていた」と文章を結んでいる。
 要するに、ペロシの目的は、台湾の「自由民主主義」を守るということとアメリカの経済的利益がセットになっているということである。そして、この掲げられた「自由民主主義」と経済的利益がセットになっているのは、ペロシの訪台だけではなく、アメリカの外交方針すべてにわたっているのである。
 
アメリカの弱体化を止めるためには
 近年、中国の台頭とともに、相対的にアメリカの弱体化は著しい。冷戦体制終焉後のアメリカは、市場を世界に開放しつつ,同時に金融や通商における規制緩和と自由化,そしてアメリカ的世界を世界に構築しようとした。 しかし、そのツケはアメリカの経常収支赤字の返済不可能なまでの膨張であり, 製造業は世界的競争力を失い、ますますドル基軸の資金循環と軍事力・金融・サービスに依存せざるを得なくなっている。
 この弱体化を止め、強いアメリカを取り戻すという目標は、トランプだけのものではなく、民主党のバイデンの課題でもあるのは明らかだ。そこで、トランプとは異なる方法として持ち出したのが、「専制主義との闘い」なのである。
 バイデンの「専制主義との闘い」は、「民主主義対専制主義」と世界を二分し、アメリカ一国だけでなく、その同盟国を巻き込んで、専制主義国、つまり中・ロと戦おうというものである。その戦いとは、戦争をできれば避けたいが、相手も強大な軍事力を持っている以上、戦争も辞さないという姿勢で臨むことである。そして仮に戦争になれば、アメリカは直接中・ロと衝突せずに、同盟国の代理戦争で済ませるということである。まさしくそれに、対ロシアでは、ウクライナ侵攻は、願ってもない好機となったのである。アメリカ兵の命を危険さにさらすことなく、ロシアの弱体化は長期にわたるだろうし、NATOは強化され、トランプがヨーロッパ諸国にしつこく要請していたの軍事費の増加、アメリカの軍事・ガス・穀物産業の輸出増による利益というそれまでの念願が、棚ぼたのように叶ったのである。それ以上に何にもまして重要な「利益」は、アメリカを筆頭とする西側は「正義」で、対抗するロシアは「絶対悪」と宣伝することができたことだろう。西側のマスメディアは、「正義」の西側の情報はすべて正しく、「絶対悪」のロシアの情報はすべてプロパガンダだと報道するようになっているのである。当然、バイデンは戦争の早期終結を望むはずはなく、フランスのマクロンやトルコのエルドアンとは正反対に、停戦交渉の仲介などは眼中になく、ひたすらウクライナへの軍事支援を増大させるだけである。ウクライナの穀物の貨物船輸送が再開されたが、アメリカは世界的食糧不足をロシアのせいと非難するだけで、輸送再開に外交努力した形跡がまったくないのも、その証左である。
 冷戦期の宿敵ロシアの弱体化は成功しつつあり、その次は、強大な競争相手の中国である。バイデンは、対ロシアと同様に、甚大な被害が予想される中国軍とアメリカ軍の直接衝突は避けたい。ペロシの訪台に賛成しなかったのも、その理由からだろう。しかし中国は弱体化させなければならない。それに最も適しているのが、「民主主義対専制主義」と世界を二分し、同盟国を巻き込むことである。
 それは第一に、インド太平洋経済枠組みのように、「民主主義」のブロックを構築し、中国の資本・物・サービスに加え、中国式経済システムの輸出を阻むことであるが、当然そこには、政治的経済的利益が衝突し、軍事衝突のリスクを孕む。アメリカが今でも世界最強の軍事力を持つのもそのリスクがあるからである。しかしその軍事衝突が、ロシア対ウクライナのように、できればアメリカの同盟国と中国の間で行われれば、アメリカ兵は無傷で済み、一石二鳥で中国を弱体化できる。今回のペロシの訪台にバイデンが賛成しなかった理由も、中国と直接衝突は避けたいという意向が働いていると考えられる。

中国脅威論
 日本でも、中国脅威論と台湾有事が切迫しているとの論調が拡散・浸透し続けている。それには、中国は「専制主義」だから危険だとする考えがあり、バイデンの「民主主義対専制主義」の枠組みを強調する目論見は、成功していると言える。
 もともと「一つの中国」論は、アメリカも公には認めていることであり、武力統一も否定しないのは、今に始まったことではない。今起きているのは、「一つの中国」論を否定するアメリカ側の近年の変化である。武力統一を否定しないのは、中国共産党の中国統一の歴史的方針であり、一種の建前であり、中国共産党指導者はそれを否定することはできない。2019年1月2日、習近平は「平和統一を目指すのが基本だ」とし、武力行使は避けたいが、「外部の干渉や台湾独立勢力に対して武力行使を放棄することはしない。必要な選択肢は留保する」と言明している。武力行使は、中国・台湾双方に甚大な損害を与え、台湾側の抵抗を想定すれば、とてつもなく大規模な部隊を台湾に派遣しなければ、占領・支配の維持は不可能なのは、実利を重視する、習近平も他の6人の中国共産党政治局常務委員も理解しないはずはない。それは、台湾一島のために、中国共産党の中国全土の支配を揺るがせかねず、中国共産党にとっての自殺行為に等しい。
 また、中国の政策決定システムは、プーチン個人独裁であり、政党政治が事実上行われていないロシアとは大きく異なり、重要な決定は、習近平を含む中国共産党の7人の政治局常務委員の一定の賛同を得なけれならず、さらに他の25人の政治局員も説得し、政治局員も約200人の中央委員から選出されることから、約200人の中央委員の意向も完全に無視することはできない。習近平が総書記に留まる見通しがあるとはいえ、この党のシステムは、毛沢東の個人独裁と政治局書記長に絶大な権力を与えていたソ連共産党の壊滅から学んだものであり、習近平一人が容易に覆せるものではない。このような状況で、台湾有事の切迫を煽るのは、「民主主義対専制主義」と対立を強調するアメリカ主導の目論見が強く影響しているのである。
 
 中国軍との衝突が避けられなければ、アメリカにとっては、アメリ自身ではなく、同盟国が衝突するのが望ましい。当然、その第一候補は日本である。日本の軍事力は、既に世界第5位の実力を持ち、東アジアでは、中国に次ぐ。さらに自公政権は軍事力の拡大を続けている。今回のペロシ訪台後、韓国尹錫悦大統領は、中国との関係を考慮してペロシとの直接会談を避けたが、日本の岸田文雄は円満の笑みで直接会談に臨んだ。このことが象徴しているように、日本政府は、外交では、言わば「アメリカファースト」であり、アメリカとの友好がすべてに優先するのである。これらのことから、バイデンにとっては、日本が中国弱体化の一つの駒であるのは間違いない。
 
 アメリカの「力による現状変更」と批判するが、中国にとっての「現状」は、ますます「増大しつつある国力」なのである。確かに、中国の軍事力増大は著しく、インドと領土問題で小規模とはいえ軍事衝突を度々おこしているように、危険性がないとは言えない。しかし、今のままで国力は充分増大するのであり、全面戦争へ繋がるほどの無謀な武力行使を選択するのは自滅を意味する。むしろ、今のままで衰退しつつあるのは、アメリカの方なのである。この衰退を食い止めるために、全面戦争へのリスクを伴うとしても「無謀な行為」を選択せざるを得ないのは、アメリカの方なのである。
 
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