【連載】藤原雄介のちょっと寄り道㊺
ボツにされた「大阪弁中国事情講座」
▲天安門広場の筆者
「ちょっと寄り道」の題材探しに四苦八苦して、本ブログの編集人で我が親友でもある山本氏に「どないしょう? 何も書けへん」と弱音を吐いた。「アホ、雄ちゃんは、自分の持ってる引き出しの百分の一も未だつこうて(使って)へんやんか」と励まされた。
ご存じの方も多いと思うが、大阪弁の「アホ」の意味を構成する要素の三分の一は愛情である。
「アカンアカン、もう空っぽや…」
とつぶやく私に彼は言った。
「大阪弁で原稿書いてみるのもおもろいんちゃうか?」
私は、大阪育ちで、幼馴染みだった亡き妻との会話は大阪弁だった。娘二人が生まれてからも家庭内公用語は大阪弁だったので、娘たちは、家のウチソトで大阪弁と標準語を使い分ける立派なバイリンガルに育った。
私の脳内では、考える内容によって、自然に大阪弁と標準語が使い分けられている。私的なことや喜怒哀楽、美しい自然現象や芸術に触れた時などは大阪弁、仕事や事務的なこと、本を読むときなどは標準語、といった具合だ。現在、日常的に大阪弁を話す機会はとても限られているが、山本氏とだけは、いつも大阪弁だ。
大阪弁で原稿を書けと言われても…と考え込んでいたら、遠い昔、社内報に上方落語風の文体で中国の現状を紹介する原稿を書いたことを思い出した。
当時、社内報に「今月の一席」というその時々の新技術やマーケット情報、海外拠点情報などを軽いタッチで紹介するコラムがあり、広報部から中国関係の仕事をしていた私に執筆依頼があったのだ。
通り一遍の紹介記事ではおもしろくなかろうと、上方落語の口調で原稿を書いてみたのだが、これが賛否両論を引き起こしてしまった。「斬新で、すごく面白い!」と称賛してくれる人もいれば、「調子に乗りすぎ、不謹慎である!」とお叱りを受けたりもした。結局、この原稿は採用されずボツになり、同じ内容をフツーの標準語で書き直すことになった。
昔のアーカイブ(情報の保存ファイル)を漁ってみたら、あった! 幻の原稿「上方落語風初級中国講座」。ファイルの日付は2003年11月27日とある。今から21年前の原稿だ。
▲小泉純一郎首相と胡錦涛国家主席(2003年)
▲背景に国旗無しの安倍晋三首相と習近平国家主席(2019年)
その後、中国経済は2010年に日本を追い越し、世界第2位に躍り出る。習近平は、「中国の夢―中華民族の偉大なる復興」をスローガンに、国際社会での存在感を高めようとしてきた。
しかし今、中国国内では、環境汚染、人口減少、経済成長の鈍化、若者の失業率上昇、そして巨額の負債を抱える不動産市場の崩壊など経済・社会問題は制御不能に近い状態だ。
一方、対外関係はというと、強引な一帯一路構想や戦狼外交などにより世界との対立は深まっていくばかりである。日本との関係も、歴史認識問題、領土(国家主権)問題、原発処理水問題、日本人拘束問題…と相互不信の連鎖は膨らむばかりで、この先いったいどうなるのか予測不能である。
翻って、今回ご紹介する「上方落語風初級中国講座」が描く21年前の中国はどうだろう。当時の中国には勢いがあり、このまま米国さえ追い抜くのでないかと騒がれたこともあったが、先に挙げた諸問題は既に顕在化しつつあったことが分かる。記事の内容は総て公表されていたものだが、念のため、具体的な名前や数字は伏せ字にした。
〈上方落語風初級中国講座〉
現在的中国
日本では、失われた10年ゆうてますけど、中国は失われた100年を取り返すんやゆうて、エライ勢いですわ。中国はここ10年毎年平均8%の経済成長続けてきて、2003年は、なんと9.5%やゆうてまっせ。ほんまに、昇竜や、うらやましいわ。ほんで、2020年には、GDPを2000年の4倍に増やすそうでっせ。こないだまで、中国脅威論ゆうてみんなビビッてましたけど、このごろは、お互い得意な分野はちゃう(違う)ねんから、相互補完関係や、仲ようやりましょてなことになってるようですわ。
中国ゆうたら、あんた、人口13億人でんがな。「どや、中国はこんだけ大きい市場やで、外国のみなさん、ようけお金持ってきてどんどん投資しておくんなはれ。バスに乗り遅れたらあきまへんで!」てなことで、2002年の海外直接投資(FDI=Foreign Direct Investment)はなんと527億ドル、前年比12.5%の増加や。せやけど、外国からの技術導入が順調に進み過ぎたおかげで、中国は自分でR&D(研究開発)をやることをサボってきたんですな。技術を導入すればするほど、心臓部の部品や製造ノウハウなんかの高付加価値のハードやソフトを高い値段でぎょうさん買わなあかんハメになってしもた。去年(2002年)は輸出が22.3%、輸入は21.2%伸びたらしいけど、2003年上半期でみると、輸出は34%伸びてバンザイゆうてたら「エライコッチャ!」なんと輸入は44.5%も伸びとった。
2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博ぐらいまでは、消費ブームに公共投資と、巨龍中国はまだまだ元気に「いけいけどんどん」でっしゃろな。せやけど、ええことばっかりやあらへん。第一、共産党政権の下で資本主義経済やってる訳やから、ホコロビも出ますがな。エッ、日本は資本主義の世界で社会主義経済やってるやないかて? まあ、それは置いといて、今の中国には、沿海部の金持ちと内陸部の貧乏人、環境問題、水と電力の不足、失業問題、高齢化、三農問題(農業、農民、農地)、国営企業改革、それから、西部大開発に続いて東北三省(遼寧、吉林、黒龍江)の旧重工業地帯の再生も早よなんとかせなあかん・・・、ホンマに問題山積や、中国の指導者のしんどさは小泉(総理)さんどころやおまへんで。
在中国的某企業
某企業には、中国に○○、○○、○○の三つの事務所があって、年間○○○億円ぐらいの商売をしてますけど、最近は中国の技術レベルがびっくりするぐらい上がってきて、だいたいなんでも自分でつくれるようになってきた。それに、国産化比率をあげるから技術移転してちょうだい、てなこと言われて、日本からのハード輸出は年々難しくなってきよった。こりゃ、あかんわということで、最近は、現地生産、調達・設計の現地化、生産委託などいろいろ知恵を絞ってる最中や。今、合弁会社は全部で○つありますけど、更にあと○つぐらい会社つくったろ、と準備中ですわ。
中国人的世界
中国ゆうたら「面子」の国でっけど、中国人の社会生活のポイントを知ろうと思うたら「関係」(グワンシ)ちゅうもんを理解せなあきまへん。この「関係」とは、簡単にいうたら、コネですけど、日本のコネとはエライ違いや。就職、昇進、住宅購入、進学、はたまた商売でも、この「関係」ちゅうのが最優先ですわ。あんまり大きな声では言えまへんけど、規則や法律も、強力な「関係」の前ではゴメンナサイや。最近、中国も電網(Web network)がエライ発達してますけど、おんなじ「網」でも、もっと凄いのは、昔ながらの「関係網」ですわ。なにしろ、「関係学」ちゅう学問体系まであるそうでっせ。中国人は「好関係」(ハオグワンシ)を造る為に、涙ぐましい努力をしてますな。相手やその家族が何を欲しがってるか、なんか困ってることはないか、いっつも気ィ配って、血縁、地縁、同窓生、みんな総動員や。食事を共にするのも「関係」づくりの大事な手段で、メシも一緒に食わんと商売するなんて、そりゃ、あんた、無理や。
中国のひとは、「多一条関係、多一条生路」即ち、関係が一つ増えれば(友達が一人増えれば)、人生の可能性が一つ増えるゆうて日夜関係づくりに励んでまんねん。日本人は相手が信用できんようになるまで信用して、ああ、騙されたと嘆いたりしますが、中国人は、相手が信用できると確信するまで、そう簡単に人を信用せえしまへん。そんかわり(そのかわり)、一旦信用して、「関係」ができたら、その重みは大変なもんです。
ところで今回の一席はなんで関西弁やねん? まあ、特に「関係」ありません。
とまあ、こんな具合だ。最近、NHKテレビの「ブギウギ」を見て関西弁に慣れた人も少なくないだろうが、関西弁では良く理解できないという人のために、実際に記事になった標準語バージョンも載せておこう。
〈初級中国講座〉
現在的中国
日本では失われた10年でしたが、中国はこの10年、毎年8%の経済成長を続け、失われた100年を取り返す勢いで快進撃を続けています。一時声高に叫ばれていた中国脅威論はだんだん影を潜め、日中の補完関係が徐々に根を下ろしつつあります。
中国の経済政策は、13億人という巨大市場を武器に外国からの直接投資を呼び込むというものです。外国からの技術移転はこれまで順調に進んでいますが、裏を返せば、自らR&Dに投資し、独自技術・ブランドを立ち上げる機会を逸しているともいえます。
ハイテク技術を導入すればするほど、キーとなる部品や製造ノウハウなどの高付加価値品やソフトの輸入依存度が高まっていくというジレンマに直面しているのです(中国のR&D規模は日本の6%)。2002年の中国の輸出伸び率は22.3%、輸入の伸び率は21.2%でした。ところが、2003年上半期で見ると、輸出の伸び34%に対し輸入は44.5%も伸びています。
当面中国の成長は順調に続くでしょうが、一方、共産党政権下における自由主義経済運営の限界、地域格差、環境問題、不良債権、人口増加、貧富の差の拡大、失業問題、高齢化など多くの問題を抱えていることも忘れてはなりません。
在中国的某企業
某企業は、○○、○○、○○の3事務所の他、○○、○○、○○、○○の合弁会社4社を有し、更に数件の合弁会社の設立を準備中です。
某企業の中国への輸出規模は○○、○○、○○、○○などを中心にして約○○○億円/年です。しかし、中国の技術レベルの向上により国産化比率が高まってきており、更に国産化の為の技術供与が受注条件となるなど、日本からのハード輸出は年々難しくなってきました。従って、汎用製品を主体とした合弁会社による現地生産、調達、設計・生産委託など多面的な展開を図っています。
中国人的世界
中国人の社会生活を理解する上で、最も大切なものに「面子」と「関係」(コネ)があります。ここでは「関係」について説明しましょう。「関係」とは、個人的な結びつきや相互依存の間柄を育み、持ちつ持たれつの関係を生み出す中国人の知恵といえます。「関係」は、就職、転職、住宅購入、進学など人生のあらゆる場面効力を発揮します。勿論ビジネスも「関係」に大きく左右されます。中国人社会は関係網というネットワークで個人と個人が、そしてそれらの集積で公のネットワークに繋がっています。
従って、人々は「好関係」(ハオグアンシ)を築き上げる為に、相手やその家族が何を欲しているか、困っていることはないか、常に気を配ります。その為には、世間話での情報収集が大切で、食事を共にするのも関係構築の為の重要な手段です(関係学という体系的学問がある!)。
中国人は、「多一条関係、多一条生路」つまり、関係が一つ増えれば(即ち友人が一人増えれば)、人生の可能性が一つ広がると言い、この言葉に「関係」の真髄が表されていると思います。「日本人は相手が信用できなくなるまで信用し、中国人は相手が信用できるようになるまで信用しない」と言われています。信用の重みが違うのです。
さて、大阪弁と標準語の対決、如何でしたでしょうか?
【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。