【気まま連載】帰ってきたミーハー婆㊷
戦禍に思う
岩崎邦子
ロシアのウクライナへの侵攻は、何とも恐怖を抱かせ、悲惨な状況だ。子供や高齢者の絶望的で悲し気な表情が、ニュースで映し出される日々、やるせない憤懣が沸き起こって来る。
コロナ騒ぎがまだまだ世界中を駆け巡っている中、それは日本でも予断を許さない状況に変わりはないのに、そんなことは薄れてしまうくらいの情勢になってきた。
日本の今は平和に暮らせている。近くの池のほとりを歩けば、黄菖蒲が青々とした葉を見せ、住宅街を散策すれば、紅梅、白梅、真っ赤ボケや水仙が見られ、「この家のミモザは見事だね」とか、「桜(ソメイヨシノ)の開花も間もなくかなぁ」とか、春の到来に喜びを感じてしまう。
そんなある朝、慌ただしくパークゴルフに出かけるための弁当を作っていたのだが、テレビから流れてきた歌にハッとした。この日(3月11日)は、東日本大震災から11年目で、復興支援ソングでもある『花は咲く』が聞こえてきたのだ。次いで聞こえてきた歌『翼をください』には、思わず涙が……
1 今 私の願いことが 叶うならば 翼が欲しい
この背中に 鳥のように 白い翼 付けてください
この大空に 翼広げ 飛んで行きたいよ
哀しみの無い 自由な空へ 翼はためかせ 行きたい
2 今 富とか 名誉ならば 要らないけど 翼が欲しい
子供の時に 夢見たこと 今も同じ 夢に見ている
この大空に 翼広げ 飛んでいきたいよ
哀しみの無い 自由な空へ 翼はためかせ 行きたい
これらの歌は、所属しているコーラスの会でも歌ったことがあって、馴染みがある歌だ。だが聞こえてくるのは、澄んで高く切々とした歌声で、驚くほどの情感を込められている。
その理由が分かった! 彼女はウクライナ人なのだ。名前はカテリーナ・グジー(35)。今は東京都内在住だが、チェルノブイリ原発の近くで生まれた。彼女が生後1カ月の時、あの事故が発生したので、家族で首都キエフに移り住む。
子供たちでつくる音楽団に入団し、10歳の時に公演で日本を訪れたのが縁で、19歳から日本に。ウクライナの民族楽器バンデューラの奏者でもあるが、福島第一原発事故には、自身の生い立ちなどもあり、特別の思いもあるに違いない。
民族衣装をまとい、復興支援ソングとして『花は咲く』や『イマジン』などを折に触れ、弾き語っているのだとか。たくさんの人が亡くなったことや、故郷を失った人たちへ「戦争、災害、原発事故の無い世界を願う」として活躍されている。
しかし今は、キエフに住むカテリーナさんの母親のことを思えば、『翼をください』は、切実な思いになるのだろう。2日かけて、やっとポーランドの避難所に脱出できた彼女の母親を、日本に迎えるために向かわれるという。無事に事が進みますようにと願うばかりだ。
もう77年も前に終戦となって以来、日本人の大半が戦争を知らないで暮らしている。昭和16年に太平洋戦争が勃発した。私が生後1年ちょっとの時である。
祖母や両親は苦労に苦労を重ねていたはずだが、彼らに知らされていたのは「強い日本」であったのだろう。戦争を進める政府のキャンペーンは「欲しがりません、勝つまでは」「贅沢は敵だ!」。骨の髄まで染みるほどに国民は我慢を強いられていた。病んでも、薬はおろか、満足な治療もできない。
戦争が泥沼化していても、日本人の大半に真実は知らされることはなかった。アメリカの原子爆弾投下によって、いよいよ敗戦となったが、拠点となった広島・長崎の痛ましさは、筆舌に尽くしがたいものがある。
大半の日本人が貧困にあえぎ、戦禍では多くの孤児を生み出した。戦況の真実を、知らされることもなく、否、状況を押し曲げて、国民へ報じていたことは、今のロシアにも当てはまっているのではないか。
ロシア国内に住む高齢者は国営テレビしか見ておらず(あるいは許されていないのか)、例えば日本に住むロシア人の若者が親に真実を伝えようとしても、それは頑としてフェイクニュースなのだと思わされている。
最近では「プーチンこそが偉大で間違っていない、ウクライナこそが侵攻をしているのだ」と子供達にも朗々と教えているテレビ番組が放送されているという。
しかし、現代はSNSが発達しているので、真実を知りうることが、ロシアの若者や知識人には出来る。ロシアのテレビの生放送時、キャスターの後ろにロシア国営テレビの女性スタッフが現れ、数秒ながらメッセージを書いたプラカードを掲げた場面が映った。
「NO WAR」の文字が大きく読み取れる。「戦争反対! 戦争を止めて!」と、声を上げているのだという。プラカードに書かれていた内容は、「プロパガンダを信じないで」「ここにいる人たちは皆さんにウソをついている」。数秒間の出来事だった。
プロパガンダとは「特定の思想・世論・意識へ誘導する意図を持った行為。通常情報戦、心理戦、もしくは宣伝戦、世論戦と和訳され、大きな政治的意味を持つ」ここでは、政治宣伝に惑わされないで、の意。
プーチンは、各国のジャーナリストが反戦デモを報じたら、身柄を拘束するとか。そのことで深刻な影響が出たと判決されたら、合法的にロシアの「牢獄」に放り込まれるとか。かつての日本でも無政府主義者・共産主義者・社会主義者は、危険思想を持つ人間として「特高警察」に内偵されたものである。
さて西側によるロシアへの経済制裁は、物価値上げという大きな返り血を浴びることに。電気料金、ガソリンなどに留まらず、食料品の値上げラッシュとなりそうだ。その筆頭は穀類の小麦粉だとか肉類、調味料など幅広い。またお菓子などにも表れてくる。
悲惨な事態が現実に起きているのだが、あまり話題になっていないので知り得なかったことがある。中東に位置しているイエメンでは、2015年の内戦勃発以来400万人以上が家を追われ、緊急支援を必要としているという。終わらない紛争と食糧難、悪化する食糧不足で人道支援を待ち続ける人は、2070万人に及んでいるのだとか。
今は、もっぱらロシアとウクライナの戦況ばかりが取り上げられているが、世界で起きている様々な争いや思惑などは、次々と起こっているのだという事だけは理解しておきたい。
ミーハー婆の私は、早咲きの桜にほっこりとし、心が癒される歌を聞いたり歌ったりして、世界に平和な世の中になることを心から祈っている。
【岩崎邦子さんのプロフィール】
昭和15(1940)年6月29日、岐阜県大垣市生まれ。県立大垣南高校卒業後、名古屋市でОL生活。2年後、叔父の会社に就職するため上京する。23歳のときに今のご主人と結婚し、1男1女をもうけた。有吉佐和子、田辺聖子、佐藤愛子など女流作家のファン。現在、白井市南山で夫と2人暮らし。白井健康元気村では、パークゴルフの企画・運営を担当。令和元(2018)年春から本ブログにエッセイ「岩崎邦子の『日々悠々』」を毎週水曜日に連載。大好評のうち100回目で終了した。