【気まま連載】帰ってきたミーハー婆㊶
忍び寄る認知症
岩崎邦子
夫宛てに達筆で書かれた手紙が届いた。いつの頃からか手書きをすることが減ってしまい、伝えたいことやお知らせは、メールやLINEに変わってしまったので、こうした手書きの郵便には、嬉しさと同時に優しい気持ちにさせてくれる。
差出人はМさんだった。以前だと、こうしたお便りは、折を見て度々来ていたので、久しぶりの事だ。
「はい、はい、Мさんからのラブレターだよ」
と、夫を少しからかってみた。
夫が勤務していた職場は、Мさんを含め女子社員が多く、その教育係として夫が携わっていたことも。新入社員も含めて、ユーザーに対する心構えを教えたり、働く場での人間関係をより良く育てるのが夫の役目だったらしい。
女子社員の中で、Мさんは中心になって活躍されていた。そんなМさんが間もなく卒寿、つまり90歳を迎えられるというではないか。
コロナ騒ぎが起きる前は、春や秋の良いシーズンに、定年退社した人も含め関東圏で活躍してきた気の合う人たちで親睦会が開かれていた。
その会の設立時に、夫がトップの座に据えられてしまい、会の名前も「岩崎」の岩をもじって「ロッキーズ会」に。女性ばかりの会に、何故にそのように祭り上げられたのか。大いに疑問に思う私である。
ところで、現役時代の夫は、家庭においては物分かりの良い人ではなかった。でも、職場では女性の立場や環境、人と人との在り方などの采配などで、まぁ、疎んじられることも、嫌われることもなかったようだ。
この会の中心人物としてはМさんと、一歳上のYさんが年配者組で、あとは若手の人たち10人ほどで成り立っていた。
ある時、私も招待を受けて参加したことがあるが、Мさん、Yさんは、お二人とも美人でチャーミング。服装のセンスも素敵で、その暮らしぶりや生きざまは、私をはじめ女性の誰もが羨ましく思ったものである。
Мさんのご主人は蔵前でお仕事をされていたが、リタイアされてからはお二人で仲良しのYさんの住む横浜に転居。Мさんのご主人はやがて亡くなられた。
一方、Yさんのご主人はスペインでの仕事が成功されたとか。Мさん一家とは家族ごとのお付き合いをされ、日本との行き来を何度もされていた様子。
Мさんからの手紙が来ると、とくに私が見たかったわけではないが、夫から読むようにと言われた。会が開かれた前後の顛末やお礼の言葉、今後も楽しみにしている、といった内容が多く、5~6枚の便箋に書かれていた。その書き方は「お見事!」の一言だ。
今回も夫から手渡されたが、どうもいつもと様子が違う。伝えたいことを手短に書く時に使う「一筆箋」で、文字は変わらず超達筆なのだが…。「ロッキーズの会のLINE仲間からМとYを外して」が一番の目的らしく、手短に書こうという意から始まっていた。
最近は集まることに制約がかかっていることもあって、LINEで近況を連絡し合ったり、楽し気な音楽動画を送り合ったりしている。YさんとМさんは家も近いので、常日頃から何かと行動を共にされていたのだが、Yさんの最近の様子として、約束事も会話も記憶に留められなくなり、一緒に行動することが出来なくなってしまったらしい。
こうしたLINEでの楽し気なやりとりにも、Yさんは全く参加できない。それは仕方がないとして、家族がそれを見たら…と、心を痛めておられたようだ。
Yさんの変わりよう、出来てしまった溝、深い悲しみ、やるせなさが伝わって来る。年齢が近いこともあって、Yさんのショックはよほど大きかったのだろう、思いのほか長い文面となり、一筆箋の枚数もずいぶんと重なった。
誰もが年を重ねてくると「ピンピンコロリ」を願うようになる。長患いや、認知症になって家族や周りの人たちには、面倒や迷惑を少なくしたい、ということに他ならない。
癌や成人病を早期発見できるように、食事や日々の生活ぶり、定期的検診などがある。長寿の時代にはなったが、癌には2人に1人が罹患し、認知症も珍しくない。
人の名前が出てこないとか、もの忘れがひどくなるのは、「加齢のせい」とか「もともとの性格だろう」といった考えでは、認知症を早期発見できず、対応が手遅れになってしまう。
認知症といっても、いろいろあるらしい。認知症を疑われた場合、素人判断ではなく、専門医に委ねることだ。また家族の愛も欠かせない要因である。
認知症を早期発見する目安が、ネット上にあったので、書き出してみよう。
●もの忘れがひどい
・今切ったばかりなのに、電話の相手の名前を忘れる
・同じことを何度も何度も言う、問う、する
・しまい忘れ、置忘れが増え、いつも探し物をしている
・財布、通帳、衣類などを盗まれたと、人を疑う
●判断力、推理力が衰える
・料理、片付け、計算、運転などのミスが多くなった
●新しいことが覚えられない
●話のつじつまが合わない
●テレビ番組の内容が理解できなくなった
●時間や場所が分からない
・約束の日時・場所を間違えるようになった
・慣れた道でも迷うことがある
●人柄が変わる
・些細なことで怒りっぽくなった
・周りへの気づかいがなくなり頑固になった
・自分の失敗を人のせいにする
・「この頃の様子がおかしい」と周囲から言われた
●不安感が強い
・一人になると怖がったり、淋しがったりする
・外出時、何度も持ち物を確かめる
・「頭が変になった」と本人が訴える
●意欲がなくなる
・下着を替えず、身だしなみを構わなくなった
・趣味や好きなテレビ番組に興味を示さなくなった
・ふさぎ込んで、何をするのも億劫がり、いやがる
ここまで羅列してみて、一つや二つ思い当たる私である。それに以前、私が迷惑し、困惑させられた女性に、あまりにも多く合致する点があった。
余談はともあれ、Yさんの最近の様子から、Мさんは憂いと悲哀を味わってしまい、ご自身の今後の身の振り方を思い悩まれたのだろう。夫はМさんへの返事を考え込んだ後、とりあえず電話をし、彼女の本心を聞き出すことにした。
Мさんがきちんとした話しぶりであることに、夫は一安心である。そしてグループの人たちとの楽しかった思い出や、折に触れてのやりとり、若い人たちとの交流も嬉し気な様子を知ることが出来た。
Yさんに関しては、グループLINEから外すことを約束。Мさんには、仲間と急いで離れる必要がないことを、運転免許を返納してから、今までの仲間からの離脱や孤独感から急に老け込んでしまった人のことを例にあげて説いたという。
加齢で身に起きてくる体や心の変化には、誰もが気になる所だ。最近の血液検査の結果は、夫に問題点はないと言われ、私はそれよりさらに良い、なんて言われた。夫よりお先に逝きたいところだけれど、果たして…。
【岩崎邦子さんのプロフィール】
昭和15(1940)年6月29日、岐阜県大垣市生まれ。県立大垣南高校卒業後、名古屋市でОL生活。2年後、叔父の会社に就職するため上京する。23歳のときに今のご主人と結婚し、1男1女をもうけた。有吉佐和子、田辺聖子、佐藤愛子など女流作家のファン。現在、白井市南山で夫と2人暮らし。白井健康元気村では、パークゴルフの企画・運営を担当。令和元(2018)年春から本ブログにエッセイ「岩崎邦子の『日々悠々』」を毎週水曜日に連載。大好評のうち100回目で終了した。