【連載】呑んで喰って、また呑んで(72)
宇宙で焼鳥を喰う時代に
●アメリカ/フロリダ(ケネディ宇宙センター)
「焼き鳥や唐揚げなどB級グルメが楽しみです」
新型民間宇宙船「クルードラゴン」の打ち上げを前にした記者会見で宇宙飛行士の野口聡一さんが笑顔で語った。同宇宙船は11月16日(日本時間)、野口さんら4人を乗せてケネディ宇宙センターから無事に打ち上げられたが、その発言が気になって仕方がない。
えっ、宇宙船で焼鳥や唐揚げを食べることができるようになったのか。さっそく調べてみると、静岡県の缶詰会社が製造した「やきとり缶詰」が、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の認証を得て国際宇宙ステーション(ISS)での食事メニューに採用されたのだそうだ。
なんでも、ロケット発射時の圧力に耐えられる他、缶を開けても液が飛び散らず、プラスマイナス50度の環境下でも品質が落ちないなどの条件をすべてクリアしたらしい。大好きな焼鳥を宇宙で味わえるようになって、よかったね、野口さん。なにしろ野口さんたち4人の宇宙飛行士たちはISSに半年は暮らすのである。この缶詰は、「クルードラゴン」とは別に補給用ロケットで宇宙まで運ばれる予定だという。
つくづく思う。時代は変わった、と。実は30年ほど前、私は大西洋に面したケープ・カナベラルにあるケネディ宇宙センターを訪れている。フロリダ州オーランドから車で約1時間のところだ。
見るものすべてが驚きだった。その大きさと言ったら筆舌に尽くしがたい。スペースシャトルなどの組み立て施設なんか、デカいのなんの。ロケットなどを運搬する車両も、また口あんぐりの大きさだった。とにかくデカい。もう圧倒されっぱなしだった。
このケネディ宇宙センターは、月面着陸のアポロ計画やスペースシャトルなど、1962年から米航空宇宙局(NASA)の主要プロジェクトの拠点となっていただけでなく、ディズニー・ワールドと並ぶフロリダの観光スポットとしても有名だ。
だから、同センタービジターコンプレックスが一般公開されている。これまでNASAによって打ち上げられたロケットの数々が展示されている他、実際に使用された宇宙船のカプセルも見学できる。
バスツアーに参加して、アポロ・サターン5センターに向かった。月面着陸した巨大なサターン5やアポロ計画に関するを展示や月面の石も展示してあるので、。宇宙好きにはたまらないだろう。
観光スポットだから、ギフトショップもある。宇宙に関連した商品が販売されているのだが、私が一番興味があったのは宇宙食。ちなみに、初期のものは一口サイズの固形食やチューブ入りの味気ないものだったが、アポロ計画からは食品をお湯で戻して食べることも可能になった。スパゲッティや炒り卵、スープ類も楽しめるようになった。
私もお土産に何種類か買って日本に持って帰った。食してみたが、「けっ、なーんだ、これは」と後悔するばかり。人間が口にするものではなかった。後で焼鳥屋に入って、口直しをして、ビールを何本も。
あのときの体験があるので、宇宙食のことは私の頭からすっかり消えていた。ところが、野口さんの焼鳥発言である。日本人宇宙飛行士も何人か乗り込むようになってから、日本食も味わえるようになったようだ。今では種類も1000種類以上の宇宙食が。まさに隔世の感がある。
絶えず緊張が続くISSでの生活である。普通の環境ではないので、そのストレスたるや相当なものに違いない。そんなときホッと一息入れることができるのが食事のときだろう。普段から食べ慣れた一品ならなおさらだ。
焼鳥と切り離せないものを忘れてはいけない。そう、アルコールである。焼鳥には、ビールか酎ハイでキュッと一杯やりたいものだ。しかし、じつに残念なことに、ISSの中ではアルコールは呑めない。
当たり前といえば、当たり前の規則だが、呑兵衛にはつらい。ま、宇宙飛行士には呑兵衛なんて一人もいないだろうから、余計なお世話か。私なんか、絶対に宇宙飛行士にはなれないし、なりたくもない。これから民間会社が一般人を対象とした宇宙旅行を企画するだろうが、宇宙での一杯が許されるなら、参加してもいいけど……参加費用がべらぼうに高いらしいので、やーめた。