【連載】呑んで喰って、また呑んで⑳
「メーコン」よりも安いタイ国産「ウイスキー」に浮気
「おー、ジムじゃないか!」
そう声を張り上げて、向こうから歩いてくる男に私は大きく手を振った。
相手は私に気づくと、嬉しそうに駆け寄って来るではないか。やっぱりアメリカ人の「片目のジム」だった。
「久しぶりだね」
ジムが握手を求めて手を差し出した。
「ジム、いつバンコクに?」
「昨日、アランヤプラテートから戻ってきたんだ」
本連載第14回目(「タイの田舎町にあった『マキシム』」)にも書いたが、その2カ月ほど前、私は評論家の犬養道子さんとタイ・カンボジア国境のカオイダン難民キャンプでボランティア活動をしていた。もう40年も前の出来事である。難民キャンプには、私たち二人以外に日本人は誰もいなかった。アジアで発生した難民問題に日本人が積極的にかかわらないでどうする!
そう思った私は、バンコクに戻ってから常宿の「楽宮大旅社」の壁に「難民キャンプでのボランティア募集!」とマジックインクで書いた張り紙を掲げることにした。この宿で暇を持て余していた日本人5、6人が集まったので、彼らを引き連れてカオイダン難民キャンプに引き返したのである。
難民キャンプには、世界中からボランティアが集まっている。その中にひときわ目立つジムもいた。左目に黒い眼帯をしていたからだ。『パイレーツ・オブ・カリビアン』で海賊に扮したジョニー・デップを想像してもらいたい。なんでも事故で片目を失ったという。その黒い眼帯が印象的だったので、私の頭の中では「片目のジム」だったのである。ジムとばったり再会したとき、私は安宿の仲間二人と近くの屋台に晩飯というか、呑みに行くところだった。
「晩飯は喰った?」
「いいや」
「これからみんなで飯を喰いに行くところだ。奢ってやるよ」
「ほんと?」
「ああ、一緒に行こう」
食事はひとりだと味気ない。酒もすすまないではないか。つまらない。面白くない。やっぱり何人かで楽しい会話を交わしながら「呑んで喰う」のが最高だ。こうして「片目のジム」を含めて4人の男が屋台街に向けて歩き出した。
安宿から7、8分歩くと目的の屋台街にたどり着く。シンガポールによくあるフードコートの屋外版と思ってもらいたい。昼間は駐車場なのだが、夜になるとテーブルが並べられるのだ。客は好みの料理をそれぞれの店で注文する。徒歩15分ほどの中華街ヤワラーよりも宿に近いし、料理の質もヤワラー以上なので、毎晩のように、この屋台街を利用していた。
▲タイの屋台では何を喰っても外れがない
テーブルに座った私は、いつものようにタイ国産のメーコン・ウイスキーを注文する。ウイスキーとは名ばかりで、焼酎に琥珀色の液体と甘味料を少し入れてウイスキーらしくしたシロモノだ。ビールよりも安くて酔いやすいので気に入っていた。汚いグラスに細かく砕かれた氷をたっぷり入れる。それからメーコンを注ぎ、最後にソーダで満たす。
「かんぱ~い!」
最初の一杯が何とも言えない。至福の一瞬である。いつも必ず注文する鴨のローストが運ばれてきた。食べやすいように、骨ごとぶつ切りにされている。うーん、いい匂いだ。酒の肴は、これに限る。一口目を目をつぶって、ゆっくりと味わう。肉汁が口中に滲み出る。
メーコンの中瓶があっという間に空になった。もう1本注文しようとすると、ジムがさえぎった。
「メーコンは高いよ」
「えっ、メーコンよりも安いのがあるの?」
「うん、『センソー』という酒が安い。メーコンとよく似た味だ」
テーブルからすぐ近くの店にセンソーを置いてあるかと尋ねると、「ある」と言うので、それを注文した。色もメーコンそっくりだ。呑んでみると、確かにメーコンと似ている。問題の値段だが、メーコンよりも2割ほど安い。今度はセンソーで乾杯だ。
安いから酒がすすむ。鴨肉のローストも追加した。結局、いつもより予算がオーバーしたが、みんな満足げな表情である。4人で割り勘だが、この日に限って、約束通りジムの分を私が支払った。
センソーを教えてくれたジムには感謝するしかない。この夜から私の夕食にセンソーは欠かせなくなったからである。そして、私の宿よりうーんと安い宿に泊まっていたジムは、次の夜も、その次の夜も、私たちの夕食についてきた。もちろん、割り勘で。