ほぼ一週一ネタgoo

2016年の投稿を最後に滞っていたブログを提供元の閉鎖を機に引っ越し。今後の更新は不明瞭。

久々の東京と横浜

2024-06-06 16:25:07 | 旅行

https://blog.goo.ne.jp/abusann/e/dc7432d9a8f03990cb1a6242fc02a27d

 上の記事以来の東京に行ってきた。前回は渋谷だったが今回は新宿と王子である。新宿は所属している日本劇作家協会の総会で、芸能花伝舎という、稽古場と演出者協会が入っているところ。ビルの谷間に取り残されたような小学校の跡地を利用した施設である。
 王子は震災10年企画のとき協力してくれた、熊本の「劇団きらら」がちょうど公演中ということもあり、初めて足を運んだ。王子スタジオ1という、幹線道路に面した小さな劇場。
 まずは芸能花伝舎での総会。最寄り駅は西新宿ということで、新宿乗り換えで地下鉄丸の内線に乗らねばならない。盛岡からだと、大宮乗り換えで湘南新宿ライン、もしくは埼京線が便利らしい。
 新宿駅から丸ノ内線を探して歩いているうちに、新宿三丁目駅に到達してしまう。東京は一駅くらいあっという間だ。西新宿まではもう一駅なのだが、歩くと大汗かきそうな気温だったので、大人しく一駅乗った。
 総会は、対面と配信のハイブリッドで、これもなかなか手間がかかるが、遠隔の人もリアルタイムで参加できるのは、全国に会員がいる組織として、ありがたいことでもある。そんな総会は、滞りなく終了。
 劇団きらら「きなこつみ物語」は、熊本のショッピングモールの、とある和菓子屋チェーンの店先を舞台に、新人男子店員とベテラン女子店員のやり取り、本部からの視察員、客として訪れる風変わりな人物などが交差し、それぞれの背景が見えてくるような作品。熊本弁を駆使しているが、理解できないことはない。役者たちの安定した力量と、小さな共感を積み重ねていく展開に説得力があり、前のめりで観てしまう。遠く離れた熊本でこういう芝居を作っていると思うと、なんとも励まされるものである。
 この日は宿泊予定で、翌日、就職したばかりの娘が住んでいる横浜に様子を見に行く予定であった。当初、劇団きららは予定していなかったので、芸能花伝舎近くでホテルを探したモノの、いやいや値段がインフレしている。わりと普通のビジネスホテルで2万円越えてくるんだからたまったもんではない。
 ちょうど上手い具合に王子に行くことになったもんだから、そこら辺で探してみると、新宿よりは大分安い。TOKIO's HOTELという、無人のホテルがとりあえず1万円切り。そこも、予約サイトによっていくらか値段が違うので、迷わず最安のBooking.comを活用。 
 とまあ最近は、ホテル予約もネット活用で便利になったもんだが、案外とそれだけでもないようである。というのも、翌日は、横浜で宿泊予定で、その宿は、合流するカミさんにお任せで取ってもらっていた。ところが、何日か前にそのホテルから急遽電話があり、ダブルブッキングがあって、可能であれば、別のホテルに移ってほしいとのこと。まあ、特にこだわりがあるわけでもないので、別のホテルに移ることにしたのだが、えらく感謝されたという。
 コンピュータで処理していても、ダブルブッキングが出てしまうような仕様なんだなぁ、と驚いた。
 で、まあ、移った先のホテルはグレードアップだったので、結果オーライ。
 前回の渋谷は、ドアtoドアみたいな感じで、寄り道もほとんどせず、最短距離で行ったものだからあんまり感じなかったが、今回ちょっと歩いたので、なんというか、人が多すぎるとしみじみ思った。街を歩いてる人もそうだけど、見上げるとビルが林立していて、そこにも人がいると思うと、目眩すら覚えそうである。
 そこから横浜まで来ると、ちょっと落ち着いた感じになって、少しホッとした気分になる。やっぱり盛岡あたりがちょうどいいんだなぁ。


友来たりて

2024-05-21 16:38:29 | 旅行

 大学時代の劇団かっぱの同期、大阪在住通称じゃんぐるせぶんがやって来るというので、同じく同期の双子と、後輩でもあるカミさんを誘い、飲むことにしたのは17日の夜。直前のもりげき王の審査員で一緒になった、かっぱ時代の後輩、通称せばすも誘って店も予約してあとは集まるだけの金曜の夜。 
 この日は風が強かった。なんとなく心配になり、17時15分花巻空港到着便の情報を見てみた。あれ? 大阪空港じゃない? どこから来るんだ? あ、神戸空港発に花巻便があった。
 すると、強風につき欠航! なに? 欠航? ということは、うっかり間に合わなかったら単なる地元にいるかっぱOBの飲み会になる? 
 とまあそんな危惧があり、すでに出発の途についているかも知れないじゃんぐるせぶんにショートメールで連絡を試みるモノの、通じない。まあ、旅慣れているヤツのことだから、なんかあったときは連絡をくれるだろうと、半分は心配しながら店へ向かった。 なんと言っても旅慣れているのスケールが違う。ヤツは北極や南極にまで出かけているのだ。うっかりすると1年間で地球を何周かしてしまうかも知れないような旅慣れなのである。
 とはいえ相手は天候のことである。どうにもならない場合もあるよねぇ。

 そんな心配は杞憂だったようで、ほぼ時間通りにヤツは、赤いシャツを着て現れた。家族や子どもたちの近況を報告し、和やかに酒宴はすすむ。「最近は南極とか行ってんの?」みたいな話から、「実はこの赤いシャツ、カンボジアで買った」みたいな話になり、「タグがついてないんだよ」と、首の後ろをめくって見せてくれた。
 とある市場のようなところで食事中、通り向かいを見るともなく見ていると、何やらミシンで服を仕立てているところがあったそうだ。近づいて見てみると、なんだかよさげなモノだったので、「それを売ってくれないか?」と聞いてみたところ、ちょっとビックリされたらしい。でまあ、一応値切ってみたらしいのだが「これはそういうモノじゃない」と突っぱねられ、言い値で購入したという。
 実際モノは丁寧に作られていて、布質も良く、確かに「そういうモノじゃない」感じだった。
 そこから導かれるように、せばすはインドに行ったときの、絵に描いたような詐欺に遭いかけた話を始めた。
 その日の宿泊は、目の前の駅を越えたあたりにあるのだが、その通路前には、何やらマシンガンのようなモノを持って立っている警官風情がいたらしい。「何かあったのか?」「ここは通れるのか?」などと逡巡していると、怪しげな男が寄ってきて「どうした? 何か困ってるのか?」みたいに話しかけてきたという。「ここは通れるのか? 向こうのホテルに行きたいのだが、もしかしてなんか事件があったのか?」みたいなことを聞いてみると、「そのホテルで爆破事件があって泊まれないから、オレが別のホテルを紹介してやる」みたいなことを言われたという。
 でもそれって、ガイドブックに書いてある典型的な詐欺の手口なんだよねぇ。とまあ、そういう絵に描いたような詐欺に声をかけられたのが、警官風情の目の前! でもその警官風情は何にも言わないらしい。注意くらいしろよ! と思ったそうだ。そりゃそうだよね。
 とまあ、世界はいろいろだなぁと。


おいすた

2024-05-11 18:26:27 | 旅行

 急に思い立ったわけでもないのだが、家族が揃っているので、山田の道の駅「おいすた」に行ってみようということになった。ここのところ、沿岸に新しい道の駅が出来たりなんだりそういうニュースが結構あって、そのうち行ってみたいと思っていたのだ。
 それが5月2日のことである。前の記事が1日のことなので、出来事的には2日連続だ。まあゴールデンウィークは、いろいろと出来事があるわけですね。
 朝の天気は快晴。ゴミ捨てに出たときの青空があまりに見事だったので写真を撮ってみたが、あんまり再現度は高くない。まさに雲ひとつない空だった。


 ドライブ日和ということで新緑を愛でながら106号線を東へ。宮古までのみちのりは随分速くなったものである。学生時代に夜中車を飛ばしていったころは2時間かかっていたが、それが1時間ちょっと。
 宮古までは順調だったのだが、三陸道の分岐でうっかり道を間違えた。宮古港の方に行ってしまったのである。まあ急ぐ旅でもないので、45号線を南へ走り、途中で三陸道に入る。
 ところが、そこでもまたうっかり発動! 宮古市内の方に戻って来てしまったのである。さすがに2回間違うと、もしかしたらオレたち家族は永遠に山田に到達できないのではないか? もしかしたら何か大きな力が働いていて、オレたちを山田に近づけないように結界が張られているのではないか? という疑念がよぎる。
 疑念はよぎったが、さすがに三度目の正直、というわけで、なんとか山田にたどり着いた。目的の「おいすた」に到着。
 実はここにカミさんの教え子がいて、クレープ屋さんをやっているのだった。カミさんは、かつて某専門学校で非常勤講師をしていた。公衆衛生かなんかの授業を持っていて、教え子たちはパティシエ科に所属していたという。
 そんな教え子が作るクレープを食べるのもひとつの目的。ここでハタと気づく。オレ、クレープ食べるの何年ぶりだろう? 少なくとも10年くらいは食っていない。そういう意味でも感慨深い。結構いろいろ種類はあるのだが、オレが選んだのは山田せんべいのクレープ。生地にごまが入っていて、トッピングにも山田せんべいがあしらわれている。
 そんな久しぶりのクレープはもちろん美味しかったのだが、なかなかボリューミーであった。結構ね、お腹にたまるのね、クレープ。
 腹ごなしに風光明媚なところを検索してみると「山田湾展望台」というところがある。行ってみると、なんか扉があって、フォトスポットみたいになっている。掲示板を読むと、どうやらアニメ「すずめの戸締まり」で登場する場所らしい。
 映画は未見なのだが、聖地巡礼をしてしまったようである。
 とにかく天気が良かったので、山田湾の眺望は素晴らしかった。オランダ島と周りの養殖いかだが、濃い青の海と鮮やかな青の空とに映える。
 お昼は「梅の家」というところで食べたが、ここの牡蠣フライは今までで1番美味いくらいの牡蠣フライだった。まあ、オレ食ってたのは、牡蠣フライの入っていない定食だったんだけど、心優しき息子が一口くれた。いやほんと美味しかった。
 そして、お土産は「びはん」で買うことにしていた。オレはどっか行ったときには、必ずと言っていいほど地元のスーパーに寄って買い物をしたいのである。お土産屋さんで売っているものと同じものがあったりして、それは大概安い。
 何を買ったかというと「イシモチ」。丸ものの魚である。最近息子が魚をさばくことを覚え、何かと丸ものをさばきたいようで、それならばと、あまり見かけない魚を買ったのであった。沿岸のスーパーは、地物の、盛岡だとあまり見かけないような魚が安く売っているというのもありがたいのである。
 そして帰りには、新里の「湯ったり館」でサウナも堪能し、充実の日帰り旅だったのである。


桜と餅と唐揚げ

2024-04-16 16:48:59 | 旅行

 「桜咲いてる展勝地見たことない」とカミさんが言うので、行ってみることにした。オレは何度か見たこともあるのだが、さすがに日本のさくら名所100選、みちのく三大桜名所にもなっているだけのことはあり、何度見ても良いものである。
 以前行ったときには、ちょうど「おいらん道中」の行われてる日で、満開の桜のもと、絢爛豪華な花魁が(参加者には、北上市民劇場で旧知の面々がいて、そういう意味でも面白かった)外八文字でゆっくりと歩いて行った。
 まあ、それ以来の満開展勝地となる。駐車場が有料&渋滞になるので、ちょっと離れたところに車を置いて、土手を歩いて行くことにする。最初はうっかり離れすぎているところに停めてしまい、しばらく歩いてから「こりゃちょっと遠すぎるな」となり、改めてやや近いところに停め直した。
 徐々に近づいてくる桜並木は、八分咲きといったところで、見頃になってきている。とても暖かかったので、もしかしたら帰る頃には、満開になっている可能性もある。老木が多いこともあり、一本の木に付く花の数はややまばらになっているものもあるが、さすがの桜回廊である。
 途中には、いつもは楽天の球場でパフォーマンスをしているジャグラーが来ていたり、パンフルートを演奏する外国人っぽいグループがあったり、岡山から猿回しが来ていたりと、お祭り気分が盛り上がっている。
 そして展勝地と言えば「餅」である。つきたての餅をさまざまな味付けで売っているのである。そして、うちのカミさんは、オレに「餅に対する愛情が足りない!」と説教するくらいの餅好きなので、ここに来たら絶対に餅を食わねばならぬのだ。
 岩手で餅と言えば一関地方で、彼の地では、一説によると年間60回も餅をつく行事があるという。年間60回って……え? 週1回以上? 毎週1回以上餅ついてんの? いやまあ、現在ではそんなについてないと思うけど、とにかくまあ、そんなことを聞いたことがある。
 でまあ、餅はハレの日の食べ物で、つまりそれはごちそうということなんだけど、それにはどんな背景があるのだろうか? これも聞いた話で確証は特にないのだが、モチ米を作る田んぼは、1番条件の良いところを選ぶという。いくつかある田んぼの中で最も良い田んぼを選んで作るのだそうだ。また、1日のうちで日陰になる時間が無いような場所を選ぶという。つまり、モチ米は選ばれた場所でのみ栽培される、言わばエリートのような米なのだそうだ。
 とまあ餅に関する豆知識などを頭に思い浮かべながら、桜を眺めつつ餅を食うぜいたくである。
 そんなこんなで桜と餅を堪能し、車まで帰る途中、明らかに行きより花が開いている。わずが1~2時間で満開を迎えてくれたようだ。ありがたいことである。
 満開の展勝地を後にし、さて、何かお土産的なものを……はた! やはり北上に来たら「カケタの唐揚げ」を買わねばなるまい。というわけでカケタ養鶏所直売所で、ムネとモモを1枚ずつ購入。
 北上には唐揚げの名店「カケタ」VS「すえひろ」の構図があるらしいのだが、まあどちらも美味しいことは間違いない。
 桜と餅と唐揚げ、なんか花より団子だな。あ、ミシェルの石窯工房にも寄ったんだけど、さらに花より団子になってしまうので、とりあえずこのくらいで。


フリースクール

2024-04-08 16:46:57 | 旅行

 旧知のK先生が、その職を辞してフリースクールを始めるという。前々から「オレ、50になったら辞めますんで」と言っていたのだが、有言実行というわけだ。
 K先生との出会いは震災の年に遡る。学校ワークショップを当時勤務していたO本中学校に呼んでくれたのだ。
 学校ワークショップとは、当時文科省かなんかの助成をもらって、盛岡市文化振興事業団がやっていた事業で、演劇ワークショップを県内各地の学校に出前するというモノ。O本中学校は、全校生徒38名の小さな中学校で、震災で校舎が被災したため、内陸のI泉中学校に間借りしているという特殊な状況だった。
 ひとつの校舎に2つの中学校が入っているというのは、なかなかお目にかかれないレアケースだろう。生徒数はI泉の方が倍以上で、なんというか、隅っこに間借りしてるよ、という感じだったろうか。
 そんな小さい方の学校で演劇ワークショップをやっていたら、その様子を見たI泉中のI先生が「これはいい!」と思ってくれたらしく、翌年、I泉中にも呼んでくれた。
 結局、K先生とI先生と親しくなり、以降赴任する学校にワークショップを呼んでくれたりするようになり、たまに芝居も見に来てくれるようになったりした。
 そんなわけで、K先生の動向はよくわかっていたのだ。準備期間に相当の時間を費やし、あちこち精力的に根回しし、開校にこぎ着けた。場所は、令和4年に閉校した旧H泉小学校。土地建物一切を無償で借り受け、令和6年4月7日(日)に「虹の学園」開校式が挙行されたのだ。
 その開校式の後、学校全体も一般公開されるというので、んじゃ、ということで、事業団の担当だったNさんとI先生とともに花泉に車を走らせた。当初は、まあ開校式終わったあたりの11時頃着を目指していたのだが、K先生が「いや、学園長入場が見所なんですから、それまでに来てくださいよ!」と当日の朝にNさんに連絡が入ったらしく、急遽10時の開校式に間に合うように出発することになった。
 学園長は盛岡の弁護士さんで、「虹の学園」開校の趣旨に賛同して、いろいろと動いてくれた方らしい。
 その学園長は、なんと牛車に引かれて、水色の鮮やかなセネガルの衣裳を着て登場した。
 なんで牛車でなんでセネガルの衣裳か?
 どうやらセネガルの衣裳は、K先生が学生時代しばらく滞在していたときに手に入れたモノらしく、牛車は平泉町の義経公東下りに使われる短角種の雄牛だという。その牛は、この学園で世話を請け負うことになったらしく、そんなわけで牛車でセネガルなのだった。
 開校式では司会はK先生自らがマイクを持ち、一関市議やら、教育長やらがあいさつし、回りにはキッチンカーが並び、クラウンやシャボン玉のパフォーマーがいたり、なんというか、縁日のような賑やかさだった。
 開校当初は20人ほどの不登校の子たちを預かるという。遠くは北上までお迎えに行くそうだ。近年、コロナ禍をきっかけに激増しているという不登校。その選択肢としてフリースクールは重要な受け皿になっていくだろう。K先生の今後を見守りつつ応援したい。