23年前に起こったある事件に対して、私は怒りがおさまらず、訴えを起こしていた。一年たっても納得がいかず敗北感を感じ不満であった。楽しい時もあったが、それは特別な時だけで、喜びは長続きしないものだと思っていた。そして本当のことを求めて、あちこちに行った。菩提寺の本山まで行って尋ねたことねあったが空しかった。
そんなは、22年前に教会に導かれて、天地創造主である神の存在を知った。私が苦しんでいた問題も、また阪神淡路大震災さえも、神の深いみこころのあらわれの一つであると知った。神を知らず、神を認めず、自分勝手に生きていることが罪であるので、神の裁きの中で、自分の生きる意味も目的もわからず、迷いの中にいたのだった。
それで私は、21年前に、罪を悔い改めて神との和解を得た。その後はみことばに祈りつつ、一歩一歩神に導かれてきた。振り返ると、それまでの神の存在を知らずに不安やあせりに満ちていた生活は、すっかり変えられて、日々神がともにいてくださる喜びと平安の中で生活するようになっていた。怒りは消えて相手をゆるす思いになった。
その後。サタン・悪霊による誘惑やチャレンジと言えるようなことがあった。これが霊の戦いなのかと思えるような事件も多くあったが、その都度、内に入って宿っていて下さる聖霊の導きによって、勝利を確信してきた。
今もサタン・悪霊が不信仰に誘って来ることがあるが、三位一体の神が守り導いてくださることを知っている。時空を超えた神のことばに信頼して、目の前の問題だけを見ないで、見えないけれども存在する神の約束のみことばと神のみわざに目を注ぐようにしている。必ず万事を益となって祝福されるのだから。
こうして。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことに感謝しなさい。」といわれる神の命令に、本気になって従おうと思っている。
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